シンライノコトバ皆さまにいま伝えたい、信頼資本財団からのメッセージ

2019.11.29

脱・孤立

暴力による死亡より、
自殺による死亡より、
生活習慣病で死亡する人々が多い社会

ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』より

地球が危機的なのではない、人々の意識が危機的なのだ。

依存症や自殺や生活習慣病は、孤独からくる精神の飢餓から始まることが多いと捉えている。

近代は、人間と自然を人件費と原料費というコストにした工業社会の時代と言える。
貧困をなくすために良かれと思い、こぞって工業化に邁進した結果、いつしか生産性に資するかどうかで人間の価値を計り、専門性を持たない人間は価値がないと判断してしまうような社会にしてしまった。
自然も然り、効率的にする、生産性を高くするという価値観で手を入れてきた。

そして今、世界は、データ資源争奪戦の時代に突入し、ビッグデータがAI(人工知能)を使って、新しい情報をつくる社会に向かっている。
情報が情報をつくり、それが価値になり、人間も自然もそれをつくり出す装置として、経費のままになっていく可能性がある。

「人間はそもそも孤独なものではないですか、孤独や孤立はそんなに問題ですか」と言う人がいる。
自ら孤立したい時もある、独りになりたい時もある。
それは、自分の意思で自由に選択できる領域なので、人間の尊厳が傷つけられることはない。
しかし、社会から孤立させられ、孤独に追い込まれることがある。
生産性が低い、非効率なことしかできない、共感できない等々、工業社会での価値観をベースに判断され、排他性や攻撃性の対象とされた結果、選択の余地なく置かれる状況である。

そうした時には、当事者を精神的に追い込み、ひどく尊厳を傷つけてしまうことになる。

現代においては、こうした孤独が自己責任の結果であるとして取扱われるので、個人が孤独を抱え込み、楽になろうと自殺の道を選んだり、孤独を紛らわしているうちに色々なものに依存したりするようになる。
依存先は、アルコールや薬物ばかりでなく、身近な人や消費や食やゲームをはじめ様々に及ぶが、依存症によって、更に社会的孤立を深めていく。

哲学者のフーコーは、近代における権力社会の構造が、直接的コントロールから、人々の意識に訴えかけて自由を制限し、社会的状況から排除されてしまうかもしれないという恐怖による間接的コントロールになり、人々を孤独に追いやると指摘している。

その言葉のように、近代工業化社会の構造は、安定と引換えに非生産性や非効率性や非共感性を社会から認識させられた人を孤立させている。

しかし、「弱さ」と見える部分は、弱味でなく、人間もまた自然の一部であることの証である。
自然の営みのエコシステムから学ぶならば、曖昧で泡沫で変化し続けるものの集合である自然は、弱さの集合とも言える。
したがって、弱さの反対は、強さでなく人工ということになる。
工業社会は、強さが礼賛される社会である。

弱さは、つながることができる。
弱さがつながれば、強靭な修復力が生まれる。

現在弱い立場に置かれてしまった人をまずは支える。
そして、選択の余地がない孤立を生み出しにくい、弱さがつながりあう、支えあいの社会を目指す。
それは、自立的分散地域コミュニティのネットワーク社会につながる。
そこに生まれるローカル市場では、価値が無い、低いと思われたものに価値をつくるやり取りがメインのシステムになっている。

工業的経済性一辺倒の社会から、関係性にもまた大きな価値を置く社会になっていけば「脱・孤立」が実現できる。

私たちは、新たな10年の始まりである今年もまた、社会課題に立ち向かう事業者を様々な手段で応援し、引き続き、目には見えない社会関係資本が増幅する「脱・孤立」の社会を目指す毎日である。

2019年 11月 

信頼資本財団 理事長 熊野英介