
信頼でつながる未来へ
くまがはたで生きる選択
くまがはたで生きる選択
当財団「信頼資本融資」の融資先「くまがはた研究所」代表の大里みずきさんにお話を伺いました。
「デザインするように暮らしをつくる」——熊ケ畑で生きる選択
「デザインすることに興味があります。よりよく生きる、よりよい環境をつくるためには、どうしたらいいのかを設計する。熊ヶ畑の豊かな暮らしってどういうことかなと、常に考えています。
人口が増えたらいいのか?観光客が増えたらいいのか?そこにすごく疑問があって。」
福岡県嘉麻市の中山間部、人口400人ほどの熊ヶ畑地区。生まれ故郷のこの地区に、大里さんは2023年8月にUターン。ありのままを「おもしろがる」ことで自治力を育む、新たな地域活性のあり方を模索する「くまがはた研究所」を立ち上げました。
過疎化の進む熊ヶ畑地区を「日本の社会の縮図だと思う」と話します。福岡県内で唯一の木造校舎として残る熊ヶ畑小学校は、現在全校生徒が10人ほど。大里さんが小学生だった20年前でも30人で、当時から人口減少の地域課題をなんとなく感じていたそうです。学生時代は留学経験もあり、海外で働くことも考えましたが、元々の興味に立ち返り、まちづくり会社で拠点運営やファシリテーター、スタートアップ企業などの支援アドバイザーとしてキャリアを重ねます。その頃に仕事の外で出会ったのが「公民館のしあさってプロジェクト」でした。社会教育を盛り上げ、地域のおもしろさを発掘するプロジェクトへの関わりが、現在の活動に生かされていると話します。
「人ごとではないと思いましたね。」
自分たちの地域をどうにかしていこう!という『自分ごと人口』が増えていけば、地域力が高まる。」そう思った大里さんは、
1つ1つの課題解決というよりは、そのための仕組みづくりに重きをおき、コーディネーターを育てる人材育成事業を展開。熊ヶ畑地区にとどまらず嘉麻市内外で、実践を通して学び合う場をつくり、あの人は可能性があるなと感じた方と対話ベースで、バランスをとりながら前に進めてきました。
「信頼をベースにした社会関係資本の蓄積と循環が、地域社会を構成していると考えています。
一年半を経て、これをやったらこの人は育つ!これをやったら地域が元気になる!という特効薬はないなとわかりました。むしろ、時間をかければかけるほど地域がおもしろくなっていくことを感じています。」大里さんはこう続けます。
「やはり、継続していくことが大事ですね。」
自分ごと人口”を育てる仕組みとは
活動のモチベーションになっているのは、地域のおじちゃんやおばちゃんの話を聞くことだと話します。
「へぇー」「ほぉー」と相槌を打ちながら、熊ヶ畑のおもしろさは尽きないのだそうです。



「私たち目線で熊ヶ畑のおもしろさを発信する「くまがはた新聞号外」は、2ヶ月に1回ペースで発行していて各戸に配布しています。いまは、8号目をつくっているところです。
地域の当たり前を少し角度を変えて見える化することで、熊ヶ畑の魅力を再発見する機会になったり、日々の暮らしを面白がってもらえたらと思います。Uターンをして驚いたことのひとつに、多世代間の関係性がすごく希薄になっているということがありました。何かできないかと思い、「にこっと熊っ子」というコーナーをつくり地域の子どもたちの紹介をしています。「くまがはたタイムスリップ」というコーナーでは、少し時代をさかのぼって地域ネタを発掘しています。これが面白いんです。前回の号では、年末年始の熊ヶ畑の風物詩「鬼火焚き」の特集をしました。実は1999年に鬼火賛歌という地域のおじちゃんがつくったオリジナル曲があったことがわかり、今年復活しました。地域のネタを引っ張り出しておもしろがることを新聞やSNSで発信しています」



現在、地域内の一室を利活用した「くまがはた資料館」の開設準備をしています。
この資料館の背景には、大里さんと同時期にUターンした3歳年上のお姉さんと企画した展覧会「くまがはた展」があります。
「熊ヶ畑のこれからを考えるために、これまでをふり返ろうと写真展のようなものを企画しました。そのための写真や資料を探し始めたんですけど、役所にも図書館にも全然見つからなくて、困った矢先に、各家庭にある写真を持ってきてもらえませんかと呼びかけました。呼びかけ時は30枚ほどだった写真が、1週間後には500枚も集まり、展覧会を開催することができました。写真を持ち寄った方が語り部となる場面もありました。地域の方に「関わりしろ」があったことが、結果的に地域を自分ごととして捉えてもらう機会にもなりました。展覧会終了後、集まった写真の行き先を考えた時に、アーカイブできる場所を作って残していきたいなと思いました。」



おじちゃんの言葉に見た、地域の豊かさの本質
「ふとしたときに地域のおじちゃんてすごくいいこと言うんですよ。」(大里さんは尊敬をこめて地域の方々を、おじちゃんと呼んでいます)
「霜月祭」という五穀豊穣を感謝する神事の後の直会(飲み会)で、あるおじちゃんから聞いた話にハッとしたそうです。
「『昔は、今みたいに手軽な楽しみがなかった。農家が多く、自然災害の心配もあるなかで、自分たちで楽しみを生み出すしかなかった。だから祈るにしても、獅子舞をしよう!何かしらかこつけて飲み交わそう!と自分たちで楽しみを生み出していた。』と話してくれて、今の熊ヶ畑の豊かな暮らしって何だろうと問い続けていた私は、あぁこれかもしれない 自分たちで自分たちの楽しみを創っていくことだ!と地域の当たり前のなかに、探していた答えがあったと気づかされました。」
このことも含め、大里さんは日々のコミュニケーションからこぼれ出る言葉を大切にしています。
老人会の旅行に写真係という名目でついていったり、新聞の取材という口実であまり外に出てこない人を訪ねたりもしています。
「友達の平均年齢高いですよ。小学生とも親しくしています。」と幅広い世代と関わることで、地域内に点在する課題をマッチングして重層的支援に繋げられると話します。




昨年、地域で初めての夏祭りが開催されました。熊ヶ畑では初盆の家を1軒ずつ回り、盆踊りをする風習があり、迎える家は踊り手をもてなしていました。高齢化や独居が増え、負担も大きくなっていたといいます。「今の熊ヶ畑のちょうどよい形」を模索したときに、歴史に敬意を払いつつ、新たな発想で1箇所に集まる祭りを企画しました。帰省している人も参加して、会場では「久しぶり」と懐かしい再会も見られました。祭り当日の賑わいを「めちゃくちゃ嬉しかったです。地域の変容に合わせて、やり方を変えられる地域の方の柔軟さもすごいと思いました。」とふり返ります。
信頼でつながる未来へ
「時間をかけるほど地域はおもしろくなっていく。」
継続していくうえで資金繰りの難しさもあったといいます。
「国土交通省から受託していた事業のつなぎ目に、信頼資本財団の「つなぎ」で支援をいただきました。
事業を軌道に乗せていく準備段階だったので、本当にありがたかったですね。」
今後の展望として、地域内で経済がまわっていく未来を見据えて、その仕組みとなる地域運営組織づくりに着手を始めたところだそうです。
大里さんが大事にしている言葉があります。
「Don’t be customer 地域の人をお客さんにしない」
間口を広く、参画しやすい状態を意図的につくっているそうです。
「今度の祭りでこんなことしたい」
何か思いついたら、大里さんに電話がかかってくる。
俺にまかせろとおじちゃんが腕まくりしてやってくる。
信頼ベースで人は生きていける。
おじちゃんおばちゃんたちには当たり前になっていることも、「それめっちゃおもしろいじゃん」と大里さんが拾い上げていくことで、積極的な住民参加を促しています。対外的な目標を掲げるのではなく、「自分たち」を見つめ、人と人との紐帯をベースに、参加したくなる地域デザインを描き続けています。

※信頼資本融資「つなぎ」
国または地方公共団体ないしそれに準じる組織から直接補助金、助成金等の交付を受けるまでの資金のつなぎを目的とする無利子・無担保・無保証の融資。
インタビュー 2025年3月24日
PROFILE 大里 みずき(OSATO MIZUKI)
1994年 福岡県生まれ。
くまがはた研究所 代表/公民館のしあさってプロジェクト・コーディネーター
大学卒業後に東京のまちづくり会社で働いたのち、出身地である福岡県の小さな集落にUターン。
東京時代に出会った「公民館のしあさってプロジェクト」から刺激を受け、デザインと社会教育の二軸を携えて
「現代における集落の豊かな暮らし」を模索しながら、地域自治を高めるべく活動を行う。
現在は、姉と共に地域メディアの企画・運営や展示会、地域資料館の立ち上げなどに奔走中。
嘉麻市社会教育委員、公民館運営審議員を兼任。
https://www.instagram.com/kumagahata_gram/