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関係先インタビュー

INTERVIEW
信頼資本でつながる人たち
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Home 関係先インタビュー 音楽を通してチャレンジする自信と意欲を育みたい

当財団「信頼資本融資」の融資先「株式会社 人と音色」代表であり、A-KIND未来設計実践塾9期生の武藤紗貴子さんにお話を伺いました。

 

 

「株式会社 人と音色」は、「ちがいに耳を傾ける」を理念に、発達特性のある子どもたちを対象とした音楽教室の運営や様々なイベントを行う教育研究チームです。2017年、応用行動分析(ABA)の考え方と特別支援の専門性を取り入れた音楽レッスンをオーダーメイドで提供する「ツナガリ Music Lab.」を神戸市に開室。現在は東京都など兵庫県内外で6教室を展開しています。

その子が音楽の楽しさや幸せを感じられる場面を大切にし、音楽を通してチャレンジする「できた」と「やりたい」の循環で自信と意欲を育んでいます。

学生時代、武藤さんのその後の道を決定づけた出来事がありました。

「教育実習の必修科目である介護等体験で、肢体不自由であり言葉が話せず、大きな声を発してイライラしているお子さんがいました。彼のことが気になり、近づこうとした時『この子は手が出るので近づかないで!』と職員さんから声が飛んできたことにショックを受けました。

翌日その教室で時間をいただき、音大生の私は、歌のコンサートをしたんです。その日も彼はイライラしていたのですが、私が歌い始めると身体が揺れて楽しそうに柔らかな表情に変わっていき、そして歌い終わると腹ばいで私のところへ来て、トントンっと足に優しく触れてくれました。

それは『もっと歌って』という意思表示に受け取れました。音楽で笑顔やコミュニケーションが引き出せたことに、とても感動しましたし、直感でこれが私のやりたいことだ!だと確信しました。」

 

大学卒業後、東京都の特別支援学校の教員として4年勤務した後、結婚を機に兵庫県に移住、キャリアを見つめ直します。

「様々な選択肢を考えるなかで、誰に、どうなってもらえたら、自分は幸せを感じられるのだろうかと考えて、行き着いたのが、障害のあるお子さんや親御さんの力になれることをしたいという想いでした。子どもたちと音楽を通して関わっていたときが一番楽しかったですし、その子や親御さんの笑顔を引き出せた時に嬉しかったことや、力になれる喜びを思い出したんです。

また教員の時に感じていた課題への想いもありました。高校生の時点で自分に自信がもてずに大きく気持ちが崩れてしまっていたり、うつ病を発症しているお子さんとの出会いの中で、もっと幼少期から音楽を通して、自己肯定感を育む場があったらいいのになという漠然とした思いもありました。

 

武藤さんは、まず療育を学び、その先に音楽事業をしたいと考えていました。しかし、ある人に「その教室は今も必要としている人がいるんじゃないの?必要としている人が既にいるのに、自分が学びたいという理由で今やらないのはどうなんだろう」問いかけられ、ハッとさせられました。その時に学び続けながら、音楽教室を始める決断をしました。

 

音楽教室を立ち上げるにあたって、働きながら専門性を高められる場所を探すことに。

「何を学ぶか?」を改めて考えてさまざまな選択肢の中から選んだのは、ABA(Applied Behavior Analysis、応用行動分析)を基にした訪問療育の仕事でした。

ヒアリングとアセスメントに重点をおいて、ご家庭とセラピストが協働して行うABAの理論が、「ツナガリMusic Lab.」の基になっています。

 

立ち上げて1年半が経った頃に生徒数が33人を超え、一人では対応しきれない状況となりました。遠くから2時間近くかけて通ってくださる方がいたり、「地域の音楽教室はハードルが高かった、行ってみたけどうまくいかなかった」という親御さんの声を聞いたりするうちに、何とかしたい想いが募り、発達特性のある子どもを対象とした音楽教室の事業化を決意します。

 

立ち上げた翌年にはビジネスコンテストにも挑戦し、少しずつ仲間を増やして、教室を増やしていきました。

参加のハードルが高いという親御さんの声を聞き、資金を調達するなかで信頼資本財団フェローとの出会いがありました。

「初めは驚きました。信頼が資本になるという…素晴らしいですよね。選考の段階から、どう応援していくかも含めて審査されていて、心強く感じていました。採択後、些細なメールのやり取りでも応援の気持ちを伝えてくださり、あたたかかったです。」

 

兵庫県で3校展開したのち、2023年東京都に開室、今年の1月には発表会を企画しました。

この発表会に参加した生徒さんとのエピソードを話してくれました。

「レッスン日のバスが遅れてレッスンに間に合わなかったことがきっかけで『もうレッスンなんて行かない!音楽も先生も大嫌い!』とネガティブな気持ちが爆発してしまった生徒さんがいました。

きっと、発表会前の緊張や不安もあったのではないかと思います。2年ほどレッスンを続けてきてくれていて、音楽が大好きな気持ちをいつも全身で表現してくれるお子さんでしたので、講師の先生も親御さんもとても驚きましたし、どうしたら良いか頭を悩ませていました。

そこからチームで話し合って彼の気持ちの解釈を深め、”来てくれてありがとう”を伝える場をつくろうと考えました。

お母さんにいただいたお歳暮のお礼がしたいから来てくれない?といつもとは違う教室に誘ったら来てくれたんです。彼の好きな生のドラムのある教室で、リラックスしてお話をしているうちに、彼が自らドラムに近づいて叩き始めたんです。そこで、音楽流してみる?と聞くと、やってみると言ってくれて。音楽を流すとパッと表情が明るくなり、リズムに乗って大きく体を動かしながらドラムを叩いて、暑くなってトレーナーを脱いでタンクトップになってしまうほどに。

最後は、来てよかった~!と言葉を発しながら演奏していました。

 

表面的なところで判断せず、本当は音楽が好きなはずだと親御さんが連れてきてくれたから、見られた場面でした。1週間後の発表会に参加した彼の演奏は、きらきらの笑顔で観客を魅了していました。

周りの大人たちが信じ続けたからたどり着けたのだと思います。その子と親御さん、私たちと三者が喜び合えた出来事でした。関わるみんなで喜び合える瞬間に大きなやりがいを感じます。私たちは喜びをもらってばかりなんです。」

 

 

7年間の事業において、一番の壁となったのは「人」だったと話します。
「人を雇用して育てていく難しさがありました。個人でやっていると、どこまでも子ども主体で良いものを追究できるんですよね。スモールステップで成長を待っていられますし。
しかし、力を合わせてやっていく事業においては仕組みが必要になります。はじめの頃は研修制度に未熟さがあったと思います。
現在の講師研修ではABA(応用行動分析)を基に、問題行動の解釈や捉え方や、多様性に応じた支援の仕方等を学び、現場に近い形で模擬レッスンを重ねています。

また、カリキュラムに関しては、そこに子ども当てはめていくことはせず、まずは子が主であり、何が必要かを考察し、その子に合わせた個別プログラムを作っています。」

 

2021年に第一子を出産し母親の立場になった武藤さん。これまで頭で理解していた子育ての喜びや不安といった感情を、より想像できるようになったと話します。
やんちゃな息子さんは、出かけた先で演奏の場面があるとスッと入り込みその場に馴染んでいくそうで、誰も分け隔てなく対等である音楽の力を感じます。

「私は子どもの頃、近所のピアノ教室に通っていました。特にがっつりと音楽をしてきたタイプではないんですよ。記憶にあるのは、嬉しいときも悲しいときも、いつでも音楽が寄り添ってくれたことです。」

今後の展望はと伺うと「全国に音楽を通して自己肯定感を高められる場が当たり前にある状態を作っていきたいです。質にこだわってよい形で多くの子どもたちにレッスンを届けていきたいです。その子と、親御さん、先生、関わり合うみんなが喜びあえる場面を創出し、社会全体に喜びの循環を描いていきたいです」という答えが返ってきました。

 

インタビューを終えて、武藤さんの事業のような活動により、音楽を通して子どもたちの心の土台が育まれ、その過程と体験が時にはお守りとなり、時には道を照らす灯となってその子の人生に寄り添ってくれる社会を思いました。

 

 

 

PROFILE 武藤 紗貴子(MUTO SAKIKO)

1990年北海道出身。

株式会社人と音色代表取締役。

特別支援学校教諭、ABAセラピストを経て、2017年に発達特性のある子どもたちの自信と意欲を育てる音楽教室「ツナガリMusic Lab.」を設立。現在は東京と兵庫で6つの拠点を運営。

ABA(応用行動分析学)の理論に基づいたオーダーメイドレッスンで、子どもたちの「やりたい」と「できた!」を引き出す。

第4回日経ソーシャルビジネスコンテスト優秀賞受賞。

https://hitoto-neiro.jp/

 

取材日:2025年2月19日
聞き手:サステナme編集部