信頼資本財団について 社会事業を応援する

関係先インタビュー

INTERVIEW
信頼資本でつながる人たち
INTERVIEW
Home 関係先インタビュー だれもが気がねなく出かけられる公共交通社会の実現を目指して

「信頼資本融資(つなぎ)」融資先の「公共交通マーケティング研究会」同団体 幹事代表であり、地域公共交通プロデューサー、名古屋大学大学院教授・加藤博和(かとう・ひろかず)さんにお話を伺いました。

国土交通省とも関わりをもち政策にも大いに携わりながら、時には手弁当で、全国の悩める公共交通の現場に赴き、地域の人たちによる再生のプロセスを支援する。その原動力となるもの、思い描く社会とは。

 

よく通るやわらかな声と流麗な語り口。わかりやすく、時に舌鋒鋭く公共交通の諸相を語る。

道路やバスの話になると少年のような笑顔で弁が止まらない。 

「“熱い”とよく言われます。大人になれよ、とも(笑)」

「公共交通は本当におもしろい。赤字補填と考えると暗くなるんですけど、生活を変えるとかまちを変えることができると思うと、本当に力が出る。」

もともと公共交通や車での移動が好き、とにかく現場を歩く。
「土地勘が強いのは大事ですね。」初めての場所を訪れたときは、一日、二日徹底してバスに乗ったり車で走り回ったりして土地勘をつけるとか。カーナビは全く使わないそうだ。

岐阜県多治見市の生まれ。1970年代のニュータウン開発や中心市街地の変遷を間近に見て育ち、都市計画の道を志して名古屋大学に進学。指導教授の指示で取り組んだCO₂削減の研究発表が注目を集め、環境研究の道に進む中で、地域の公共交通が危機に瀕していることを知る。当時は公共交通についての研究もほとんどなく、「誰もやらないので、困っている地域や公共交通事業者を手伝おうと」身一つで飛び込んだ。

 

 マーケティングで公共交通を救う

「サービス業や製造業では当たり前にやっている『マーケティング』という概念が、日本の地域公共交通には欠けている。自分たちがやっていることの価値を高めて売り込む、ということをして来なかったのが、衰退の原因ではないか。」

そう考えた加藤さんは、関係者みんながフラットな立場で集まって勉強し、現場で実践し、結果を出すための「場」として、2018年に「公共交通マーケティング研究会」を立ち上げた。

会員は明確には定義せず、毎回、参加者の持ち寄りで開催。賛同者が集まり、交通事業者、自治体職員、NPOなどさまざまな人が全国から何百人と参加する会となった。

「公共交通の世界は、隣の町で何をやってるのかわからないというくらい、横のつながりがない。けれども、地区が違えば絶対競合しないので、事例やノウハウを共有しあい、どんどん横展開すればいい。そういうふうに考える人たちがここでつながり、スキルや情報を拡散できたことは非常に大きな成果でした。」と加藤さん。

 当初5年間限定の予定で活動をはじめたが、コロナ禍での休止期間を経て2024年活動再開。そこで直面したのは乗客不足よりも深刻な運転手不足だった。

「お客さんをふやすためのマーケティングだけでなく、運転手の待遇改善やイメージアップなど、働きたい人へのマーケティング。そして賃金を上げるためには公的資金が必要になってくるので、それを獲得するための、役所に対するマーケティング。この3つのマーケティングをしなければならないと思い、活動再開後は国土交通省の人材育成事業補助制度を利用して実施しました。」

 

ここで困ったのは、国交省の補助金はすべて後払いということ。「財産をもたない任意団体なので、信頼資本財団のつなぎ融資がなければなし得なかった。本当に助かりました。」

 

そもそも地域公共交通とは 

地域交通法(地域公共交通の活性化および再生に関する法律)第二条に、地域公共交通とは「日常生活に必要な移動 社会生活において必要な移動 住民の移動と来訪者の移動」と定義されている。

 日常生活のみならず社会生活、住民のみならず来訪者あるいは観光客も利用する交通であり、具体的には鉄道と軌道(路面電車など)、乗り合いバス、少し意外だがタクシー(運賃を払えば誰でも乗れるので)、旅客船、これに2020年から公共ライドシェアが追加された。

(※公共ライドシェアとは…バス・タクシー会社のない過疎地から導入が始まった、一種運転免許でも有料でお客さんを乗せることができるしくみ)

「これら様々な交通機関を、それぞれの地域に適材適所を組み合わせて全体をネットワークにして乗り継いで行けるようにする、ということをやるのが地域公共交通プロデュースです。」

国も、地域の現状については危機感を感じており、ここ数年で予算も倍増したが、実際にそれを運用する自治体や事業者側にプロデュースやマーケティングのスキルがないと無駄遣いになってしまう。

鉄道や路線バスとどう結びつけるか、デマンド交通をどう取り入れるか等、適材適所のネットワークをコーディネイトするには広い視野とスキルが必要で、それができる人材を育てることが喫緊の課題となっている。

たとえばあるまちで、バスとデマンド交通(予約型の乗り合いタクシー)を組み合わせるシステムを導入した。

バス停までデマンドタクシーで行き、そこでバスに乗り換えてスーパーや病院へ行く。すると乗り換えるのがめんどうだから病院まで送ってほしいという希望が出る。一見いいようだが、その人が一人デマンドタクシーに乗って病院まで行ったら、次の人がその間待たなければならない。乗り換えてくれたら、もっと多くの人がデマンドタクシーに乗れる。バスをなくしてデマンド交通だけにすればよさそうだが、それだけでは通学需要をまかなえないし、外からの来訪者はバスで来るのでバスもなくしてはいけない、というようなことを、全体を見ながら緻密に設計していく。

加藤さんは自治大学校(自治体の幹部候補職員が通う学校)でも公共交通の授業をもっており、これは公共交通の担当であるなしにかかわらず、幹部になる自治体職員は公共交通について理解していなければならない、と総務省も認識している証拠といえよう。

名古屋大学では「地域公共交通コーディネーター・プロデューサー養成プロジェクト」を実施しておられ、将来的には授業化し全国の学生が履修できるようにしたいと考えている。

 

「気がねなくお出かけできる」がうみだすもの

「今、地方の女性が都会に出る傾向が非常に強くなっています。その大きな原因の一つは公共交通機関が乏しいために車を運転しなきゃいけないからだと思ってるんですよ。地方だと主婦が運転ばかりさせられているのはよく見られます。車に乗れないと『お嫁さんとしての役割を果たせていない』と考える方も居て。高校生も学校に行って帰るだけで遊びにも行けない。それでは人口も減るでしょう。」

 

公共交通はライフスタイルを提案する産業でなくてはならないと加藤さんは訴え続けている。

 

加藤さんが関わったあるまちでは、97歳の女性と93歳の女性が、友人の100歳の誕生日を祝うために、公共交通に乗ってスーパーに買い出しに行き、友人の家に行き、パーティをして自宅に帰るまで、すべて公共交通を使って自力で移動できたという。

女性らは「これまでは病院が運行するバスしかなくて病院しか行けなかった。先生のおかげで、おでかけできました。」と、大変喜ばれたそう。

「これが地域を変えることだと思ってやっています。」と加藤さん。

「みんなが気兼ねなくおでかけできることで、どこでも幸せに暮らすことができる。そういうことを確保していくのが地域交通の役割じゃないかと。各々が自立して動き、車がなくても気兼ねなく移動できることによって交流が活発になる。それができるようにするのが私の仕事だと考えています。」

「ここでは、デマンド交通の一部は住民ボランティアに頼んでやってもらっているんです。でも喜んでやってくれている。『みんな、送ってくれてありがとうって感謝してくれるからいい仕事です』って。」

「大事なのは関係者みんな―高齢者や、高校生や、スーパーの店長や主婦-が熟議して、自分たちのまちの公共交通をつくること。」地域公共交通会議など、そのためのしくみづくりも怠らない。

「日本中の地域に、誰もが気兼ねなく出かけられる環境を作り出すような公共交通を、地域の皆さんががんばって入れていって、それがうまく結びついていけば、日本中が楽しいことになるし、どこに行ってもいろんなところに好きなように行けるってなればこんないい国はないと思う。」

駅やバス停が結節点となり、そこからいろんな所に行けて、しかも公共交通がネットで予約できたり、運転手や地域の人たちが聞きもしないのにいろんなこと教えてくれたり。「楽しいじゃないですか。そこで地域高齢者が乗ってきて『今日もありがとね』って言ったりして。そういう助け合い、支えあいが、日本がこれから向かっていかないといけない社会じゃないかな。そのためにいちばん障害になるのが『動くことが難しい』『車に乗れないとだめだ』っていうことだと思っています。」

 

常に現場発信しながら、国の仕組みもわかる中で、どうやって事業者・自治体・国の意識を変え、お金の流れも変えていくか。結果を出し、国交省や自治体の人たちの信頼を積み上げてきた。

公共交通を考えることが地域を考えることにつながり、持続可能な地域を支える公共交通を実現する。

「(敗戦処理投手ならぬ)『廃線処理投手』って呼ばれてるんですよ」

鉄道やバスの廃線が決まり、住民のモチベーションが落ちこんでいるまちに赴く仕事は、敬遠する人がほとんどだ。

「廃線になるって本当に大変なこと。地域の絆も気持ちもズタズタになっていることが多い。そういうところに呼ばれて、『私といっしょに新しいものつくりましょうよ』って言う。『便利にできるかもしれないですよ!』って希望を奮い立たせる。そういうことを全国各地でやってきました。絶対俺が行かないと救えない、くらいの気持ちで行きますよ。」

最近では首長からの直接指名で登板することも多いそうだ。

 

近代化・効率化の流れの中で分断された人々の思いを一つ一つつなぎなおして、荒れ地に花を咲かせて歩く、そんな颯爽としたヒーローに接したような印象でインタビューを終えた。

 

 

 

※信頼資本融資「つなぎ」

国または地方公共団体ないしそれに準じる組織から直接補助金、助成金等の交付を受けるまでの資金のつなぎを目的とする無利子・無担保・無保証の融資。

 

 

PROFILE 加藤 博和(KATO HIROKAZU)

1970年岐阜県多治見市出身。

名古屋大学大学院工学研究科博士後期課程修了(博士(工学))。名古屋大学の教員として29年目を迎えている。脱炭素で気候変動に適応できる都市・交通システムの実現方策を研究しながら、地域公共交通立て直しのため全国各地の現場で活動。プロジェクト参画のみならず講演・講義も精力的に行っている。国土交通省交通政策審議会委員などを歴任し、現場での経験を糧に国の公共交通政策をリードする。

 

取材日:2025年4月11日
聞き手:サステナme編集部