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関係先インタビュー

INTERVIEW
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Home 関係先インタビュー 休眠預金助成先インタビュー記事 -14-

合同会社SOULS

●プログラムオフィサーサポーター 関  恵

 

休眠預金による助成先と各団体の伴走者(プログラムオフィサーサポーター=POS)にインタビューして作成した記事を掲載しています。
各団体のインタビュー記事はPOSが、POSのインタビュー記事はプロジェクトチームである「チーム・Dario Kyoto」が行いました。

自然環境教育「森のようちえんウィズ・ナチュラ」を核に、親子や地域のコミュニティづくりに挑む
合同会社SOULS

SOULSは、天理市の高原地域を拠点とした、自然保育を軸に、教育や子育てを中心としたコミュニティ事業を展開する合同会社です。
デンマーク発祥の自然環境教育「森のようちえん」のことを知った代表の岡本麻友子さんが、生き生きとした表情の園児たちの姿に衝撃を受け、保育士を辞め別の職種に従事しながら、単発のイベント型「森のようちえん」を始めたのが2010年。
その後母となり、同じような年代の子どもを持つお母さんたちに、自然環境教育をイベント型で実施していることなどを話すと、「うちの子も森のようちえんで育てたい!」とお母さんたちから声が上がり、親子で一緒につくり上げていくかたちで、「森のようちえんウィズ・ナチュラ」が誕生しました。
その頃から、預けて終わりではなく、保護者と共同運営する形態をとっています。共同運営をする中で、子どもと向き合うには、少し日常から離れた方がよい、というお母さんたちの声がありました。そういう場が無いなら自分たちでつくってみよう!ということになり、「いつかカフェをやりたい」という想いが重なってチャレンジしたのが、親子で集えるコミュニティカフェ「自然な暮らしcommu+cafeコリコック」でした。このときも、クラウドファンディングで多くの人の想いと協力に支えられたそうです。

 

休眠預金助成で購入したコミュニティカーとSOULSのメンバー

幼児教育無償化を機に、天理市の山間をフィールドにリスタート

そして2019年の「幼児教育無償化」に伴い、運営の体制を見直すことになり、認可外保育施設として届けを出すためには、園舎を持つ必要が出てきました。ある企業さんとタッグを組むことで園舎を持ち、企業主導型保育園として歩もうという動きがあり、そのタイミングで任意団体からコアスタッフで合同会社を設立しました。
それまで奈良県桜井・明日香地域で活動を行っていましたが、新たな拠点となる場所がなかなか見つからず、さまざまな人をあたっていたところ、ご縁により天理市の山間部にある高原地域のことを知りました。
天理市の協力も得て、フィールドとして活動できる体制を整えられるようになり、ごっそりとスタッフも移住して新たな拠点をつくりました。

 

■幸せな社会をめざす小さな一歩-行く先々で交流を生むコミュニティカー-

移住して1年が過ぎる頃、コロナが蔓延しはじめ、長期化により出歩くことが減ってしまいました。地域の伝統行事も軒並み中止になり、地域の人とでさえ顔を合わせる機会が減り、ご近所さん同士でもなかなか集まる機会がなく、ひとり住まいだったり、産後の母たちも外出しにくい環境で、そういう方々がますます孤独になるだろう、と心配になる状況だったそうです。
「小さな集まりが日常にあればいいのに、と思ったことから、ごはんを届けに行く先々でコミュニティとなる場づくりになればいいな、そんなコミュニティがあちこちにあれば、幸せな社会につながっていきそう」。SOULSには、この休眠預金を知る前から、そんな構想がありました。そして、休眠預金を知り「コミュニティカー」の発想に至ったのです。

加工場にて収穫した大豆の選別中

共同代表の福田典代さんは、語ります。「先日私たちが担当して開催した『森のようちえん全国交流フォーラム in 奈良』もそのひとつですが、みなさんに喜ばれることをどんどん増やしていくことが、関係性を深めることにつながります。コミュニティカーを使って、そういうことをどんどん増やして、ますます関係性を深めていきたいのです」。
コミュニティカーで運ぶ食品の加工場も完成し、雇用予定の母たちとも共に構築していくメンバーとして話を重ねていると言います。慣らし運転や食事提供のトレーニング、接触を恐れる傾向の人たちとも彼らの気持ちに寄り添いながら進められる方法を検討…などなど、まだまだやるべきことはたくさんあります。それでも、コミュニティカースタートに向け、着実に進めていきたい、と力強く意気込みを語ります。
農地に転換した耕作放棄地からの収穫も、今後の楽しみです。

 

 

 

インタビューをしたPOS青木より

共同経営にあたり、大切にしていることは「一に“聞いてもらうこと”。二に“個々が自分の幸せを感じること”。そしてプロセスも含め、“その姿を子どもたちに見せること”」だそうです。
福田さんが、「ずっと一緒にいるメンバーであっても以心伝心と思わず、言葉で伝えることが大事」と、話していたのが印象的でした。

 

 

Information

団体名:合同会社SOULS

住 所:奈良県天理市長滝町294

HPアドレス:https://souls-llc.jp/

取材日:2021年11月11日

聞き手:青木晴人(認定NPO法人TSCとプログラムオフィサーサポーターを兼任)

プログラムオフィサーサポーター 関 恵

 

●千年先を見越し「命は命で元気になる。」を果敢に実践する事業家

「めちゃくちゃ田舎で育ちました」と笑う関さんは京都府北部に生まれ育ち、嵯峨野の地に店を構える「発酵食堂カモシカ」の代表取締役です。夏の昼下がり、お客さんの引けたお店で、「発酵」のこと、そして「カモシカ」の来し方行く末についてじっくりお話を伺いました。

 

●311が人生を変えた

2011年3月11日東日本大震災勃発。当時関さん一家は千葉県市川市に住んでいましたが、震災翌日の3月12日に、生まれたばかりの末っ子を抱えて、実家のある関西へ、とるものもとりあえず避難してきました。
「他に行くところがなくて。実家に居候したんです。主人は東京に仕事があり、帰っていきました。私とこどもたちだけが、何年振りの実家に身を寄せました」と、関さんは静かに語ります。
秋になって、家族揃って京都市内に転居。さて、これからどうやって食べていくのかと考えたときに、「発酵しかない」と決意しました。
元々「発酵」は好きで、漬物を仕込むことなどを趣味としてしていましたが、転機となったのは第一子の出産。薪割りしながらお産をするといったユニークな取り組みで有名な、自然分娩を是とする愛知県岡崎市の「吉村医院」に毎週通うなかで、「だんだんいろんなものを自分でつくるようになって、おもしろくなっていったんです」。
当時関さんは、医療コンサルタントの仕事をしていましたが、震災によっていろんなことが白紙になってしまった、と感じていました。けれどそのことにより、「どうせゼロからスタートするなら、自分が本当に好きなモノ、本質的なことで勝負したい」という想いが沸き上がってきました。
「医療に携わっていても、結局ひとを健康にしている感覚や手応えもないなかで、吉村医院という新しい世界に出会ったときに『食事が大切』という当たり前のことに気づかされたんです」。
医食同源。そこに集う妊婦さんたちも皆自然派志向で、改めて「自然な育児」や「手づくり」ということに目が向くようになっていきました。

 

●「発酵」で行こう、「食堂」で行こう

「発酵を生業にしよう」と決心。「やるなら片手間ではなく本業で」、そして、人が集い発酵の世界に出会う入り口としての「食堂」という場をつくる選択に行き着きます。
「発酵食堂カモシカ」のルーツのもうひとつは、大学時代のスウェーデンへの留学にあります。福祉の現場で、医療・介護・ヘルスケアのトータルケアの領域を自分の目で見た体験は、彼女に「病気になってからでは遅い」、「予防医学」「未病」の大切さ、を痛感させました。そこで改めて「食の真実味」を感じ、加えてやはり日本人としての食というもの、味噌など発酵食の文化がとても大事なものだという想いが、より深まっていきました。そこには、薬局を営んでいて忙しいながらも、毎日のごはんはちゃんとつくってくれた生家での記憶が仄見えます。
さらに、「発酵で事業を」という覚悟の究極の源は、「発酵はおもしろいということに尽きる」と言います。「発酵の世界はいわば小宇宙のようなもの。微生物の働きはとてもダイナミックだけれど、目に見えるわけではない。わからないものをわからないものとして捉えるということ。わかったと言ってしまったらそこで終わってしまう」。

 

●最も遠いひとたちに「発酵」を届けるために

「カモシカ」は幼子を抱えながらのスタートだったので、パートナーの雄介さんが勤め人を続けながら始めて、何とか自走していくというところをめざしました。「急ぎすぎると崩壊する」と、二人ともよくわかっていました。二人三脚でしっかりブランドをつくってきた、その営為はやはり「とても苦しかった」、と。
2014年5月のオープンから約1年後にもう1店舗を出しました。「発酵食を台所に取り戻す♪」というコンセプト通り、「出口」としての店舗が2軒目の「カモシカのお菓子」でした。チョコレート、甘酒を使ったお菓子、酵母を使った焼き菓子の3つの軸で立ち上げましたが、その後商品が増え、「発酵マルシェ」と改名しました。
「食堂」のランチ客が「お味噌が美味しかった、あれって家でもつくれないのかな?」と、徒歩1分の「マルシェ」に立ち寄ります。そこには味噌づくりキットが置いてあり、説明書も入っている。ワークショップという実地で教わるとさらに身近になり、あ、これなら家でもできるかも、と買って帰る…「こういう循環をつくりだしたかった」と言う関さんの想いが、いまようやく実現しています。
年間を通じてさまざまな発酵食が届く「定期便」も設けました。全国津々浦々から注文があるそうです。さらに「発酵キット」の展開。できるだけ「つくる」ハードルを下げるため、材料の調達は手放してもらい、「つくる」に集中してもらう。そして「マガジン」では、つくり方も説明しています。
「カモシカは、手づくりするひと、プロシューマ―(生産消費者)を1人でも多く増やしたいんです。プロシューマ―化することで消費の質も上がるから。世の中のプロシューマ―率は確実に上がっていると思います」と語る関さん。
自己満足とか、ある一定の狭い範囲のひとたちだけが対象にならないように、どこまでもマスを見ながらやっていく。そうして、「カモシカ」から、「発酵」から、いちばん遠そうなひとたちにどうやったら辿り着けるかを常に考えているからこそ、ラーメンを出したり、味噌玉をつくって味噌玉キャンペーンを打ったり、という果敢なチャレンジを続けているのです。

 

●「京都わかくさねっと」さんへの想い

今回の休眠預金事業で関さんがPOSとして関わったのは、(一社)京都わかくさねっとさんでした。少女たちにも、実は「食べること」「食」ということで何ができるかということをこの先問いたい、また、どうやったら助成金なしで自走できるようになるかという想いで関さんは関わってきました。少女たちとかけ離れたところにいる存在ではなく、こちらもまだ道半ばなんですよ、ということを伝えることで、身近な存在として感じてもらったことも喜びになったそうです。

発酵食堂カモシカ店内 

PROFILE 関 恵(SEKI Megumi)

1977 年京都府に生まれ育つ。外資系コンサルティング会社を経て、病院等医療機関のコンサルティングに従事。医療現場と子育ての経験から健康の原点は「予防」にあると実感。
「予防=本質的な食=発酵食をベースにした伝統的和食」にあると、「命は命で元気になる。」をメッセージとした「発酵食堂カモシカ」(カフェ&レストラン)と「発酵マルシェ」(製造・物販)を嵯峨嵐山にオープン。「発酵食を台所に取り戻す♪」をコンセプトに発酵手づくりキット商品やワークショップ等を開催。第3回京都女性起業家賞(アントレプレナー賞)最優秀賞。株式会社発酵食堂カモシカ代表取締役。

 

取材日:2021年8月17日
聞き手:チーム・Dario Kyoto