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関係先インタビュー

INTERVIEW
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京都市左京区北白川にある創業87年の山口書店 代表、山口ケイコさんにお話を伺いました。

 

漆喰塗りの白壁、黒い格子窓。山口書店の趣きのある社屋は、創業者でケイコさんの義父にあたる山口繁太郎氏と同郷の友人で、版画家棟方志功京都滞在中の居宅として建てられました。

京都市から「京都を彩る建物や庭園」※に選定されています。

隣接の家屋は、山口書店が初めて建てた社屋で、1970年頃の社屋移転後は空き家になっていました。

創業者・繁太郎氏は、生活や文化の向上を提唱し続けられる環境を求めて、故郷の青森から京都の地にたどり着きました。京都大学の先生方と知の探求、同郷の友人である棟方志功らと文化の研鑽が始まり、1941年(昭和16年)山口書店を創業。その後学術系出版社として、高校の参考書等を出版していきます。

2000年を過ぎたころをピークに、少子化の影響もあり、業績は下降。2015年、当時代表をしていたご主人が体調を崩され、山口さんが会社を引き継ぐタイミングで信頼資本財団の社会事業塾A-KIND(アカインド)塾の1期が開塾。会社の経理を少ししていたものの、専業主婦だった山口さんは、経営について学びたいとの思いで入塾します。

 

伝統ある書店の代表という肩書と、持ち前の明るい人柄で一見華やかなイメージの山口さんですが、経営は、大変厳しい状態でした。

 

会社の立て直しに四苦八苦するなか、月1回の卒塾生会で仲間の話を聞き、「大変なのは自分だけではない」と頑張る力をもらえたと語っています。

2年ほど試行錯誤の末に、事業縮小を決断。

迷った時に支えてくれたのは、「新しくイチから事業を始めることも、長年継承した事業を縮小して続けていくことも、同じように大変だ」というA-KIND塾熊野英介塾長(当財団ファウンダー)の言葉でした。

「心情をわかってくれたことが、心の支えになりました。」

(A-KIND塾1期卒塾式_全員に授与された「勇気と元気が出るTシャツ」を着用して)

同じ頃塾長に言われた「自分が心から望んでいることを探究することが大事。その積み重ねが、気が付いたら周りや地球のためになっている」という言葉が印象に残った山口さんは、自分が好きなことは何か、洗い出してみました。

浮かび上がったキーワードは「雑誌」と「手芸」。

「子どものころからずっと好きだったなと思って。でも結婚して子育てをして、会社のことでばたばたして、好きっていうのも忘れてたし、これらに触れずに来た。」

そのキーワードを軸にした事業計画を何度も練り直して生まれたのが、空き家となっていた元社屋を活用したカフェ事業でした。

 

 

【人と社会に間(あわい)を編集する】

2022年秋、山口さんはカフェ「ISBN8411」をオープン。

(店名はISBNという書籍コードの中で山口書店を表す数字8411からとっています。)

 

「雑誌のような場所にしたいなと思って。」

 

山口さんにとって雑誌とは、見ていて心地よいもの。

「雑誌で目にする見たことない物、行ったことない所、食べたことない物、見てるだけでワクワク、ドキドキする。そんなワクワクだけでなく、考えたり自分を振り返ったりもできる雑誌が大好きなので、そんな雑誌のような場を作りたい。」

「雑誌中の作り方の説明のページにあたる部分として、店内でのワークショップを考え、コラムを読んでホッとしたり考えたりするように、ここでは勉強会ができたらいいなと。」

 

出版社が運営するカフェという強みや繋がりで、哲学講座や民藝講座の開催も始まりました。

講座は、生活にとりいれられる哲学を知る場にしたいと考えていた折にA-KIND塾同期生としていた会話に発想を得て、社会と生活の間(あわい)、という意味を込めて、「あわいの哲学」と名付けたそうです。

(イベント参加者さんと)

「自分の店なので、飾り付けとか置くものとか全部自分で決められる。それは今までの人生で初めての経験で。自己表現できる場所を与えてもらってるってすごい幸せやなって思って。

同時に場の利用者など関わってくれる人にいかに学びや体験を深めていただけるか、その責任も感じています。」

 

カフェと棟方志功の京都の居場所だった建物を整えたあわいの家、2つの空間づくりが、生きている実感をよび醒ましたという山口さん。

自己表現、自分で決めることができる場、その場での積み重ねで周りのためになっていくこと、ほんとうの自分と事業がつながった瞬間でした。

 

そして、山口さんが今後のライフワーク事業として力を注いでいるのが、子どものころから好きな「手芸」を通じたコミュニティづくりです。

 

この夏、「幸福な国」といわれるスウェーデンを訪ねた山口さん。現役をリタイアした人びとが集まるサークル「Slöjdgille(スルイドジッレ)」に興味をひかれました。

「スルイド」は手工芸。「ジッレ」は1600年代からの語で、「同じ興味の元で助け合い学ぶ」という意味だそうです。自分たちで教えあい学びあい質の高い手仕事品を売って、その費用で遠足に行き関係性を深めていくのだとか。もう70年続いているそうで、そんなコミュニティを京都にも作りたいと活動を始めています。

(スウェーデンのフォルケフォイスコーレに参加)

山口さんが大切にしている言葉がもう一つあります。

山口書店が理念として掲げてきた

「知が未来をつくる」

 

「創業者の義父は、市井の人に知識と文化を持ってもらわなければならないと、新聞社をしていたこともありました。広く多くの人に行き渡る学校教育に平和・平等・環境などのエッセンスの入った文章を採用していたと知って素敵だと思いました。

事業の形を変えることはあっても、想いは継いでいきたいと思っています。」

 

「知の不易流行を考えて、編集する」

というA-KIND塾で聞いた話と繋がったといいます。

 

さいごに、11月に信頼資本財団が主催した「信頼Days京都」で話題となった「迷い」と「悩み」について話してくれました。

「迷いと悩みは違うという話がありました。迷いとは、どちらかな?と選択できる状態。悩みとは、解決が見つからない状態。

悩みを話せる仲間づくりの必要性を、この日のグループワークで語り合いました。」

 

「A-KIND塾では在籍中も卒塾後も、迷いを聞いてもらう機会があったんですよ。大変さをわかってくれている安心感がありましたね。

個別に親しくなった仲間に、空き家の活用相談をしたり、息子の受験の面接官役になってもらったり(笑)。日常の困りごとを助けてもらうことも多く、繋がりが励みになっています。」

 

 「一方、悩みについては、正直まだ話せる自信がなくて。誰かに悩みを話せたり、話せる相手をつくることを意識していきたいです。」

(2024年9月「ISBN8411」で開催した信頼Bar)

いつでも前向きな山口さんを支えてきた関係性を、「あわいの家」での様々な講座や、「ISBN8411」という雑誌のようなカフェと手工芸を通じたコミュニティが新たに育くんでいく未来を思いました。

(山口さんの手芸作品)

 

 

※「京都を彩る建物や庭園」

京都市民が京都の財産として残したいと思う建物や庭園を、公募によりリスト化しています。これは、所有者のたゆまぬ努力により、世代を超えて継承されている建物や庭園を、京都の歴史や文化の象徴として市民ぐるみで残そうという気運を高め、維持・継承・活用を図るものです。

PROFILE 山口 ケイコ(YAMAGUCHI Keiko)

1968年京都に生まれる。小学生の時、一人っ子で鍵っ子の寂しさを、手芸と本屋さんで埋める。短大卒業後は、メーカーの営業事務を10年務める。1998年結婚後は専業主婦となり、2児の母に。次男の幼稚園に『京都造形芸術大学こども芸術大学』の入園を選択し(親子で3年間通う)コミニティの在り方や、芸術を通した様々な体験を学ぶ。そこから食への興味も始まり、食育活動がきっかけで、大学院に通う。2011年夫の体調が悪くなり、夫の会社(株)山口書店の経理を手伝い始める。2016年夫の他界により代表に就任。2018年規模を縮小し、現在の社屋に移転。2022年会社の隣にある旧社屋で空き家になっていた建物をリノベーションし小さな複合施設『ISBN8411』を始動。週末はカフェとして営業し、イベント企画やレンタルスペースとして運営。2025年から『***in Residence』(アーティスト イン レジデンス)の事業も開始。

 

 

 

 

取材日:2024年11月5日
聞き手:サステナme編集部