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Home 関係先インタビュー 休眠預金助成先インタビュー記事 -11-

認定特定非営利活動法人京都自死・自殺相談センター

●当事業会計監査役 阿武 勲

 

休眠預金による助成先と伴走者のインタビュー記事を掲載しています。

助成先のインタビューは担当のプログラムオフィサーサポーター(POS)が書いています。

今回、伴走者の方は、当助成事業全般の会計監査担当をとりあげました。インタビューは、いつものようにプロジェクトチームである「チーム・Dario Kyoto」が行いました。

「心の体重計があったらいいよね」 ようやく挑むことができたアプリケーション開発
認定特定非営利活動法人京都自死・自殺相談センター

生きづらい思いや死にたいほどの悩みを抱える方の声に耳を傾けたいと願うボランティアと、その活動を支援する多くの人たちの協力によって、2010年に設立された(認定NPO)京都自死・自殺相談センター、通称Sotto(そっと)。

立ち上げ当初より「自死にまつわるつらい思いを抱えた方々のそばにいる」として活動を続けてきたSottoが、アプリ開発というチャレンジに歩み出しました。

その企画・開発を担ってきた事務局長霍野廣由さんにお話を伺いました。

大学の講師も務めるなど多くの人と対話を重ねる霍野さん

 

いつ自分がそこにいてもおかしくないという感覚

霍野さんは大学で学ぶある日、受講していた講義の先生に勧められて、自殺の研修会に参加しました。当時は特に大きな関心があったテーマではなかったそうですが、先生の言葉に惹かれて参加し、同年代の当日の講師から「母親が自死、その後孤独にさいなまれて心がさまよった」という体験談がありました。聴きながら、様々な機会が重なってしまうと自分が死にたい気持ちになってもおかしくないし、自分の大切な人が同じように死にたいほどの苦悩を抱えてもおかしくないという感覚になったそうです。

この日から、そうした思いに関わる何かができればと、Sottoのボランティアとして活動を始めます。

 

■自分の未来に活かしたい事業

現在は、福岡県築上郡にある、浄土真宗本願寺派・覚円寺の副住職も務めている霍野さん。いずれご実家のお寺に戻れば、大事な人を失った方の思いを受け止めることもあるだろうという思いだけではなく、NPOという組織の運営を学ぶことが宗教法人の運営に役立っていくだろうとの思いもあり、Sottoでの活動は貴重な日々になっていきました。

当時は電話相談だけを行っていたこともあり、電話というツールに抵抗がない40代以上の相談者が多かったそうです。その後、増加していると言われていた若者の自死・自殺を防ぐ一助になるのではないかと始めたメールでの相談によって、中高校生と思われる方からの相談が来るようになりました。ツールさえ変えれば様々な年代の人にアクセスしてもらえるという手応えを感じる機会でした。

 

■多くの関係者が動揺した事件

メール相談での対応を続ける中、2017年に座間市で9人の方が殺害される事件が起きました。若者が日常的に利用するSNS上で自殺願望を投稿するなどした人を見つけ出し、誘い出して殺害した事件は、国にも、そしてSottoのような民間団体にも、SNS上での自殺対策の重要性を痛感させることになります。

国による整備の後押しもあって、SNSでのチャット相談は一気に広がり、全国で月数万件の単位に膨れ上がっていく一方で、適切な相談員の不足や相談員への過剰な負荷も問題になり始めていたそうです。

Sottoの受付に座るキャラクター

 

■心の状態を可視化できないか

若者にとっても相談員にとっても、長期的な展望を持ちながら対応をしていくことの必要性を感じていた霍野さんが行きついたのは、つらくなる前に自分の心の状態を認知できるようになる「予防」とも言える取組みが、テクノロジーを使ってできないかという発想でした。

こんなアイディアがあるんだと話すとクリエイティブプランナーや機械学習の専門家、心理学や仏教の研究者たちが「面白いね」と即座に応じてくれました。こうしたメンバーとは、「そもそも機械に人は救えるのか」という視座を上げた話にも至り、意見交換をしていたと言います。

しかし、大きな資金が必要な話、そうした目途も立たないまま1年余りが過ぎました。

 

■休眠預金助成に手を挙げた

社会がコロナ禍で覆われると、周囲との関係づくりが最も大事な時期であるにもかかわらず学校に通えなかったり、そもそも居づらかった家に居ざるをえなかったり、友人づくりが苦手な上に断続的な休校で学校での孤立を深めたり、学校に行きたくない気持ちがより大きくなったことで周囲との行き違いに悩んだりする若年層が急増し、「予防」の重要性をますます感じる中、休眠預金新型コロナ緊急支援事業助成先募集を知ります。

霍野さんを事業責任者に据えたSottoは、従来事業をベースにした「メール相談の拡充」「培ってきた傾聴技術の社会還元」そして新規事業である「若年層の自死・自殺対策をもっと前の段階で防ぐことができるようなアプリケーションの開発」という3本柱で採択され、開発資金を得ます。

アプリ開発は、これまで専門分野を超えた方々と意見交換していたことをベースに試行錯誤を重ねた結果、若者に関心を持ってもらえるデザイン性の重視を核に据えました。

そして、2022年1月末、そのアプリ「RECOR(リコル)ココロを記録し管理する」がローンチされました。まだiOS版しかなく、使用者の声を聴きながらブラッシュアップをしていく段階とのことですが、着実に利用者を増やしています。

 

■「体重の変動のように、心の動きを可視化できたら」

「休眠預金により、開発資金がついてアプリ開発に踏み出せました。その日の気分にフィットするオノマトペ、『ワクワク』『ドキドキ』『ヒヤヒヤ』等を選択すると、これに応じたキャラクターが生まれ、声をかけてくれるのがRECOR(リコル)です。『測るだけダイエット』と言われる、体重計に毎日乗り続けるだけで痩せる効果があると言われるダイエットがあります。それは、日々の生活で体重に意識をフォーカスさせることによって行動変容が起こるためだと考えられています。私たちは心も同じなのかもしれないと考えました。RECORを使って心の状態を記録することで、自分の感情にフォーカスする時間を毎日ちょっとつくる。これを習慣にし、自分の今日の心の状況や日々の変化を自分で把握できたら、私たちはもっと自分に優しくできるのかもしれません。そして、隣の誰かにももっと優しい存在でいられるのかもしれません。そうした思いで開発したRECORをこれからさらにブラッシュアップをして、より多くの子どもや若者を中心とした人たちの力になりたいと考えています」と語る霍野さん。

若者の自死・自殺や生きづらさにも真剣に向き合ってきたSottoを中心とした「若者の自死・自殺の問題を放っておけない、何らかの力になりたい」という人たちの思いが二重にも三重にも周囲を取り巻いているアプリが誕生しました。

 

RECOR(リコル)

ココロを記録し、管理する

https://apps.apple.com/app/id1605668347?fbclid=IwAR3mPTP_c9_AOc4gvpMXOr6PTkofoz2uuwJR1W0BkeLGFqElAAa5gowtXTI

 

生きている限り、つらさが無くなることはない

Sottoには、「生きている限り、つらさが無くなることはないけれど、それでも死にたいほどに追い込まれて欲しくない」という考えがあるのだろうと感じました。

霍野さんに、「大人としては、誰しも生きていればつらいことはあるんだから、どこかのメディアやSNSで見た幸せに自分が当てはまっていないからといってつらくなることはないよ、生きていればいろんな窮地に陥ることもあるけど、そんな時に死にたいほど追い込まれて欲しくないと思っているよ、ということを伝えられるといいんでしょうね」と問いかけると、「そうですよ、諸行無常ですからね」と僧侶らしい答えが返ってきました。

 

 

インタビューをしたPOS川島より
インタビュー記事の中にも、「生きている限り、つらさが無くなることはない」という言葉を取り上げましたが、Sottoの皆さんの発言には、普段声高に語られることはない言葉があります。しかし、こうしたことを話している人が電話やメール、あるいは今回のアプリの先に居るのだと思うと、安心できる人が多いのではないかと改めて感じました。
「気持ちを評価しない、それぞれの気持ちに良いも悪いもない」という言葉も、その一つです。

 

 

Information

団体名:認定特定非営利活動法人京都自死・自殺相談センター(Sotto)
電 話:075-365-1600

HPアドレス:https://www.kyoto-jsc.jp/

取材日:2022年1月29日 
聞き手:川島和子

当事業会計監査役 阿武勲

 

●社会貢献事業や休眠預金活用事業を土台から支える、縁の下の力持ち

気さくで誠実で思慮深く、周囲に安心感を与える人。そんな印象の阿武勲さんは、ソーシャルビジネススクールで起業家の育成に取り組んでいます。さらに(公財)信頼資本財団の一員として九州エリアにおける活動にも携わり、同団体休眠預金活用事業では会計監査役を担っています。

「そもそもの立場は、北九州市にある建設会社の取締役」と言う阿武さん。そのキャリアをかたちづくってきたのは、目の前に現れた道に臆せず踏み出す冒険心と、未知の世界も渡り歩くことができる広い視野と向学心です。

 

●冷静な視点と熱い想いを持って、社会起業家の夢に寄り添う伴走者

ソーシャルビジネスの起業をめざす人たちを、独自のメソッドに基づくカリキュラムで支援する社会起業大学・九州校。阿武さんはその九州校で、指導や経営を担っています。受講生は、社会課題の解決に志ある人ばかり。ともすれば、想いが先走ることもありそうです。そんな受講生たちをどのようにして、実現可能、自走可能なビジネスモデル構築へと導くのでしょうか。

「まずは、それぞれが描いた想いやプランを持ち込んでもらい、そこからビジョンやミッションを明確にすることが大切」と阿武さんは言います。「たとえば貧困問題なら、生活保護などの支援は行政の役割です。社会起業家ができるとすれば、自立に直結する取組みを考え、行政との間を取り持つことではないでしょうか」。社会全体を見渡して、誰のためにやるのか、それは自分がやるべきことなのか。ミッションを根幹から見つめ直すには、スクールによる第三者目線と意見が有利に働くに違いありません。そこからさらに講義やセッションを通じて、ビジネスプランのブラッシュアップを重ねていくのだそうです。プレゼン力や資金調達のノウハウ、人脈も重要です。

「ソーシャルビジネスには公器としての性質があります。だからこそ、社会に対して責任を持って取り組んでほしい」と阿武さんは育成に励んでいます。しかし、コロナ禍となってからは、対面での授業やディスカッションが難しくなってしまいました。「オンラインを打ち出せば、受講生を集めやすくなるのかもしれません。だけど、やっぱり生には敵わないと思っていて」。このご時世でも人と人が同空間で対峙し、互いの熱を伝え合う、感じ合うことへのこだわりを捨てたくないのだそうです。

誰かの救いになりたい、よりよい社会づくりの一助となりたい。そんな夢を抱いて門を叩く起業家のタマゴたちに、阿武さんも自らの夢を託して併走しています。

 

必要とあらばとことん学び、高みをめざす-新しいことを知る喜び-

子どもの頃はあまり勉強熱心ではなかったと、阿武さんは苦笑交じりに振り返ります。しかし唯一、自分たちが暮らす世界の成り立ちや仕組みを学ぶ社会科だけは、阿武少年を魅了したそうです。その想いはやがて、社会科教師の夢へとつながったものの、大学生活を満喫しすぎた結果、教員採用試験は不合格。卒業後の行く先を失くしてしまいました。

そんな折に救いの手を差し伸べてくれたのが、父親の知人で北九州市に本拠地を置く山口建設工業(株)を営む山口憲信さん。「IT」という言葉もまだなかった時代に「これからはコンピュータの時代」と、システムエンジニアへの道を提案してくれました。阿武さんは同社のOJT(On the Job Training)で、大手鉄鋼会社システム開発部門勤務となります。そして一年後、身につけたスキルを持ち帰り、原価管理や設計、統合型システムといったさまざまなシステム開発に尽力しました。

阿武さん曰く、「システムづくりとはジグソーパズルのようなもの。たとえば、現場のお金や人を動かす書類が、勤務表や在庫管理表、財務資料などにも反映されたほうが便利ですよね」。仕掛けと仕掛けをつなぎ、組み合わせ、成り立たせるということ。そこには、現場の実態を知る深度と全体像を捉える視野の広さが求められます。

また、システムから総務、人事、経理、経営と職制が変わるなかで、社会人生活と並行して簿記、ISO、SDGsに関するライセンスからMBAまで取得。仕事に必要とあらば、その都度貪欲に学ぶのが阿武流です。「新しい知識にふれることが大好きなんです」。楽しそうに話すその表情からは、勉強嫌いだった子ども時代など想像もつきません。

 

●ソーシャルビジネスとの出会いが呼び込んだ数々のご縁

社会事業との接点は、同社の当時の社長だった山口典浩さんが、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震を東京で経験したことから。「今、何か社会に恩返しをしなければ」と感じ、自社の新規事業として社会貢献事業に意欲を示した山口さん。

呼び出されて東京に赴いた阿武さんは、社会起業大学名誉学長でもある田坂広志氏の講演を聴講。自らも社会貢献事業の必要性に目覚めます。マネジメント知識が必要になると判断し、大学院でMBAを取得したのもこの時期でした。やがて所属企業は、東京に拠点を置く社会起業大学から九州校の開校と運営を託され、建設業の枠を超えた事業分野に漕ぎだしました。

新規事業の立ち上げに奔走するなかで、信頼資本財団との出会いもありました。社会事業についてリサーチしている際に財団の情報にふれ、興味を持った阿武さんは財団主催企画の2014年「信頼デイ」に参加。そこで、財団が信頼関係を資本として融資をしていること、また自らがよく知る団体や企業も、その融資によって支えられていることに深い共感と親しみを覚えたそうです。

価値ある出会いだと感じた阿武さんが山口さんに報告し、現在へとつながるご縁が生まれました。「今では、副代表理事を務めるなど、私よりも山口前社長のほうが財団と深く関わっているようです」と笑います。

休眠預金活用事業の会計監査は、事業運営と多様な学びを重ねて、経理にも精通する阿武さんだからこそ託された任務。阿武さんは、15団体の帳簿とどのように向き合っているのでしょうか。

「あくまでも今回の助成金における会計監査なので、各団体さんのすべてがわかるわけではありません」とまずは前置き。自身は後方支援にすぎないとしながら、それでも「社会貢献に励む団体さんが、後になって各所から不備を指摘されて困惑したり、活動がとん挫したりすることのないように」と隅々にまで目と心を配ります。

阿武さんのミクロとマクロを兼ね備えた視点と、理知的で公正な判断力。それは、休眠預金活用事業においても頼もしい力となって、縁の下をしっかりと支えています。

社会起業大学で教壇から思いと技術を伝える阿武さん

PROFILE 阿武 勲(ANNO Isao)

福岡県北九州市出身、在住。大学卒業後、山口建設工業(株)のOJTとして大手鉄鋼メーカーのシステム開発部で勤務。一年後、同社にシステムエンジニアとして正式入社。システム設計・管理をはじめ経理、人事、経営管理分野にも従事する。2011年に取締役に就任。2013年、北九州市立大学大学院MBA取得後、社内で始動した社会貢献事業計画のリーダーに抜擢される。2014年、山口建設工業(株)を運営母体に社会起業大学・九州校が開校。社会起業家の育成に尽力するとともに、事務局長として経営にも携わる。2017年に開設された(公財)信頼資本財団九州支所の事務局長も務める。

 

取材日:2022年1月13日
聞き手:チーム・Dario Kyoto