個を大切にする福祉で
信頼の輪を広げる
信頼の輪を広げる
「自由って何だろう」
当財団「信頼資本融資」のかつての融資先「NPO法人プラスWe」代表の細谷明代さんにお話を伺いました。
通常なら「建てないで」「近くに来ないで」と言われがちなグループホーム。しかし、大阪府箕面市で障害者グループホームを運営する細谷明代さんは労することなく計5軒(男性用3軒、女性用2軒)の賃貸物件提供を受けてきました。その理由はどんなところにあるのでしょうか。
答えは、細谷さんの「自由」への深い思いと、一人ひとりの「個」を大切にする姿勢に対する共感にあると考えています。
「子どもの頃から、自由であることにこだわるタイプでした。でも自由って何だろうと考えた時に、最終的には、多様な人が多様な生き方を選べる社会がなかったら、それは自由ではないと思うようになったんです」。
細谷さんの両親は障害者と共に働く事業所で働いていました。国の福祉制度で保障されていない事業所だったので、家は貧しく、親の苦労を目の当たりにして、「絶対にこういう仕事はするものか」と心に決めていたそうです。
栄養士として就職して仕事をする中、ある時気がつきました。
「私、サービス業が好きなんだと。人見知りだったのに、人と関わる仕事が楽しくて。ご飯を提供して『美味しい』と言ってもらえることが嬉しかった。そして福祉って、究極のサービス業だと思うようになりました」。
始まった信頼の物語
2016年、細谷さんは独立してグループホーム事業を始めました。4人定員の小規模なグループホーム。「ケアスタッフが夜間に常駐しているシェアハウスのようなもの」と細谷さんは表現します。
最初の物件を紹介してくれた不動産業者は、今も細谷さんの強力な理解者です。その方を通じて出会った大家さんは、もともと地域貢献の意識が高く、保育園や放課後等デイサービスなど、地域に必要な事業に土地を提供しておられました。そして、細谷さんのNPOで障害者と関わってきた経験や人柄からでしょう、次々と新築の物件を貸してくれたそうです。
そして昨年12月、地域交流スペース兼事務所を建て貸しいただくにいたります。
「『ここまでしてくださるのか?』と本当に感動しました。でも大家さんは『地域交流スペースで、認知症カフェとか、人の交流が増えるのはいいことですね』と喜んでくださって」。
20人という単位じゃない、Aさん、Bさん、Cさん
国は障害者グループホームの定員を既存の建物を利用する場合に20人まで認めています。しかし大阪府はよりきめ細やかな対応ができる10人以下と取り扱い方針ならびに注意事項で決め、事業者に指導しています。それでも他府県の事業者が箕面市に20人規模の施設を作ろうとしたことがありました。
その時、細谷さんは反対運動の先頭に立ったそうです。
「問題なのは、障害のある人たちが商売の対象のようにされていることです。20人をまとめて『ここに入れときゃいいや』みたいな。その人たちには個性があって人格があって、それぞれできることがあるのに、それを無視しているんじゃないかと憤りました」。
細谷さんが大切にしているのは、入居者一人ひとりが「プラスWeの人」と十把一絡げにされるのではなく、それぞれの名前で呼ばれる関係です。
「私も気をつけないといけないと思っているんです。周囲に『プラスWeの人』って入居者が言われるようじゃ、まだまだだなって」。
「面白い」を見つける
日々の運営について、細谷さんは言います。
「障害のある人たちの生活をサポートをすることは、一筋縄ではいかないときもあります。入居者たちの価値観はそれぞれ違い、周囲の人たちと比べてだいぶ個性的だったり、極端だったり、感じやすいと受け止められる人たちが多いと思います。サポートする側のスタッフも、一人一人価値観や個性が違いますから、毎日問題は起きます」。
しかし、細谷さんの視点は他の人と違っています。
「あまり『しんどい、しんどい』と考えないことが大事だと思います。一見しんどいと思われる状況の中でも面白いことを見つけたり。重度だと言われている人も、理由があって、もしくは理由はないけどどうしようもなくてそうなっている。それも含めて、その人の個性だと受け止めて接するようにしています」。
そして何より大切なのは「チームで分け合うこと」と。
「介護者だけ、家族だけ、障害のある人だけがしんどくならないように。しんどいことはみんなで分け合う、『いいね』と思うことがあったら、みんなで共有して喜ぶ。そういうことが必要なんじゃないでしょうか」。
認知症カフェ、学校に行きづらい・行かない選択をした子の親の会「バトン」
今年5月にオープンした地域交流スペースは「+We Labo(プラスウィラボ)」と名付け、これまでとは違った取組みをしています。
例えば、2ヶ月に1回開催を始めた認知症カフェ。訪れるのは認知症の人ではなかったと言います。「認知症になるんじゃないかと不安に思っている人たちが集まってきます。うちの高齢の従業員も来るし、私の親も『行ってもいいかな?』と。70代ですから予備軍ですよね。グループホーム入居者の親御さんも『みんなで行っていいかな?』と」。
箕面市西部地域包括支援センターのスタッフが来てくれるので、本当に支援が必要な人は個別に相談につなげることもできます。
「認知症カフェってこんな感じなんだなぁって、自分のことや家族のことを心配している人が来て、何かあった時に『あそこに相談したらいいかも』って思ってもらえる。それも、さっき言った『みんなで分け合う』ということなのかなと」。
また、学校に行きづらい・行かない選択をした子の親の会「バトン」という既存の会の集まりに場を提供することも始めました。
向かいの保育園から「何かやってる」と覗きに来る人もいます。
福祉制度だけに頼らない「実験」
「プラスウィラボ」という名前には、細谷さんの思いが込められています。
「実験をしたいんです。どんな交流が生まれていくのか。飲食店営業許可も申請したので、カフェもできるし、今度は映画上映会もやります」。
福祉事業者の多くが福祉制度に依存することが多い中、細谷さんは別の可能性を探っています。
「福祉制度だけじゃちょっと不安だなと。他に収入を得る方法があるのか、それも含めた実験です。信頼資本財団さんと関わるようになって、みんなすごい人たちばかりで。中には福祉の制度もうまく取り入れて事業展開している人もいる。逆に私みたいに福祉の事業をやりながら、他の収入を得る方法を実験するのも面白いかなって」。
箕面にこだわる理由
細谷さんの活動は、拡散していくようにみえますが、地域を箕面市内と限定しています。
「そんなに大きくやれるタイプじゃないんです。この地域の中での福祉的な課題を解決するためにできることをやっているという感じです」。
グループホームの入居者と共に行う小学校での出張授業、中学・高校での講演、市職員向けの人権セミナー、「プラスウィラボ」での認知症カフェや親の会との関わり。すべて箕面の中での活動です。
「これからは、高齢の方、子ども、地域の人と関わっていくようなことをしたい。『地域福祉』って言うと簡単すぎる表現かもしれませんけど」。
「まだまだ足りません」
信頼資本財団との出会いで、細谷さんは改めて気づいたことがあると言います。
「熊野前代表の話を聞いて、はっきりと認識できなかったことが認識できました。お金だけじゃない、いろんな意味での信頼資本を集めればいいんだって」。
「でも、まだまだ足りません」と細谷さんは言いますが、その周りには、確実に信頼の輪が広がっています。
静かな、しかし力強い活動が、一つの地域に新しい福祉の形を生み出しています。
インタビューを終えて
インタビューの最後に、細谷さんから、次のようにありました。
「信頼資本財団の融資審査の時、『あなたのように重要なミッションと事業力を兼ね備えた人は珍しい』と褒めてもらえてすごく嬉しかった。狭い世界でやってきたので」。
常に謙虚な細谷さんですが、その活動や思考は決して「狭い」ものではなく、着実に地域に根付き、広がっています。
それは、接する一人ひとりの尊厳を、いずれも等しく大事にし、それぞれが多様な生き方を選択できるという意味で自由がある社会を目指す細谷さんのぶれない姿勢によるところが大きいとあらためて感じました。
今回も、こういう人が各地に増えたら、日本の福祉は着実に変わっていくのではないだろうか、そう思う対話の機会になりました。
PROFILE 細谷 明代(HOSOTANI AKIYO)
NPO法人プラスWe代表
大阪府箕面市内のNPO法人で障害者の介護派遣、相談支援、グループホーム、放課後等デイサービス等の事業に15年間携わり退職後2016年に「NPO法人プラスWe」を設立。現在箕面市内で障害者のグループホームを5ヶ所運営している。
2020年からグループホームや障害のある人への地域の理解を深めるために入居者と共に地域の小中学校、高校での出前授業、市職員や市民向けセミナーなどを行っている。
2025年5月コミュニティスペース「+We Labo(プラスウィラボ)」を開設。認知症カフェや、学校に行きづらい・行かない選択をした子の親の会「バトン」への居場所提供などを行い、活動の幅を広げることを模索中。
https://pluswe20160912.jimdofree.com/
※冒頭の写真:omou photo 大山真樹子氏撮影