熱意を持って取り組む
「当たり前をつくる仕事」
「当たり前をつくる仕事」
<卒塾生同士だから聞ける・話せるインタビュー>
小林 かえでさん:A-KIND塾1期(2015年度)・未来設計実践塾1期(2016・2017年度)卒塾生
インタビュアー:A-KIND塾5期卒塾生・同期塾頭 G5designs大槻彦吾さん
今回は、京都市職員の小林かえでさん(A-KIND塾1期、未来設計実践塾1期)に話をお聞きしました。まずは現在のお仕事から。
■ギャップを埋める橋渡し
現在、私は京都駅周辺のまちづくりを担当しています。例えば京都駅の東側では、2023年度の京都市立芸術大学(以下、京都芸大)の移転に向けて、工事が着々と進んでいます。
街の風景が日々変わっていく中で、地域の方々は、芸大が来ることへの期待と不安、どちらも持たれています。“芸大”とか“芸術”って、面白そう!と言う方もいれば、とらえどころがなくてどう迎え入れたらいいのか分からないと言う方もいるんですね。一方で、芸大生からも、移転先でどんなチャレンジができるかなとか、自分ができないことまで期待されたらどうしようとか、いろんな声を聞きます。
そうしたお互いを知らないから起こってしまうかもしれない行き違いを、移転前から少しずつ両者の接点をつくることで解消し、街のこれからを考えていけるようにするのが、私の役割かなと思っています。
私は市役所に就職して、最初の配属先が京都芸大でした。私自身、芸術に造詣が深いわけでもなく、芸大に通う知り合いもいなかったので、芸大ってまさに漫画やアニメで見るような想像の世界でしかなかったんですね。
でも、日々学生と接していると、美術学部の学生は、まわりの変化を敏感に感じ取っていて、彼らの視点からすごく社会と向き合っていると感じたし、音楽学部の学生は、私から見たら気が遠くなるほどに練習を重ねていて、悩み苦しみながら音楽を極めている姿を目にしました。それまで芸術やアーティストと言われると、つい身構えてしまっていたのですが、すごく純粋で真摯で、人間味のある世界だと知りました。
それに芸大の先生方や学生たちと過ごすことで、自分が無意識のうちに、「それが普通」「当たり前」って思い込んでいたことが沢山あることを発見したんですね。所詮私一人がこれまで経験してきたことだったり、見聞きしてきた中で築いた基準で解釈するから、芸術を“よくわからないもの”と思ってしまっていたことに気づきました。
今は、京都芸大と地域の方々それぞれが持っておられるイメージとのギャップを埋める取組みをしているところです。芸大生の移転先周辺での活動を支援したり、彼らのモノの見方や考え方が少しでも伝わればという想いで情報誌「5TO9」を発行し、地域の方々に配布しています。京都市での初めての仕事での経験が、今の部署で活かされてるなと感じます。
ー京都市職員として京都駅周辺のまちづくりのお仕事をされている小林さん。どういった経緯で京都市に就職したのでしょうか。
■インターンシップで実感した「当たり前をつくる人の手」
私は父の仕事の関係で、全国を転々としてきました。いくつも幼稚園を転入し、小学校だけでも4校通いました。両親の出身地の京都に家族の拠点を置くことになり、私も京都の大学に進学しました。せっかく住んでいる京都のことをもっと知りたいと思い、大学2回生の時に京都市役所にインターンシップに行ったことが、京都市に就職したきっかけです。
そのインターンシップの際に、お世話になった部署の方々が本当に素晴らしくて、人として尊敬できる方ばかりでした。そうした出会いとともに、「私たちが日々の暮らしのうえで当たり前と思っていることって、人の手でつくられているんだ」ということを初めて実感しました。この人たちと当たり前をつくる仕事をしたいと思い、今に至ります。
ーどんなことで、それまで意識していなかった「当たり前は人の手でつくられていること」を感じたのでしょうか。
私がインターンをしているときに、ちょうど京都市の全政策の根幹となるような「京都市基本計画」の策定をお手伝いしました。計画にあたっては、ありがたいことに膨大な量の市民の意見や要望が寄せられていました。その一つひとつ全てを見て、それぞれにどういう考えを持って対応するかという方針をつくっていたんですね。私たちの声をちゃんと市役所が聞いてくれているんだ、ということを目の当たりにしました。そうした過程は社会にはなかなか見えません。それまで、行政の計画を誰がどうつくっているのか関心もありませんでしたが、本当に一人ひとりの意見を大切にしていることを知り、感動しました。
ー想像とは異なる京都市の仕事を目の当たりにした小林さん。インターンシップをきっかけに就職した京都市でのお仕事はさらに発展していきます。
■様々な立場を超えて感じることが出来た達成感
京都芸大の次は、ソーシャルイノベーションの支援機関であるSILK(京都市ソーシャルイノベーション研究所)の立ち上げから事業が軌道に乗るまでの3年間に関わりました。当初、私はソーシャルビジネスという言葉すら知らなくて、会議で飛び交う言葉を理解することで精一杯。すごく大切なことをやっているという認識はありながら、毎日ふらふらでした(笑)。関わるみんなが「これを目指している」という感覚は共有しながら、それを言語化し、事業として形にするまで試行錯誤を重ねていました。でも社会は刻一刻と変わっていくので、どこまでいっても完成はしないんですよね。常に支援も体制も変わり続けるのがSILKの在り方です。
SILKの具体的な事業の一つとして、「これからの1000年を紡ぐ企業認定」制度があります。社会的課題を解決する革新的な手法で、未来をも見据えた「四方良し」の経営を実現している企業を認定する制度です。企業にSILKのコーディネイターが伴走して、その企業が目指している未来はどんなものなのか、それを実現する事業になっているかなど、ブラッシュアップを繰り返して認定審査会を迎えます。厳しい目を持たれるトップランナーが審査員ですので、応募した企業がすべて認定されるわけではありません。でも、企業のみなさんが、「これからの1000年を紡ぐ企業認定」制度をきっかけに、それまでのお仕事の社会的な価値を振り返り、更なるチャレンジに挑む決意をされていたことは、とても印象に残っています。
ー行政の立場からソーシャルビジネスの後押しを経験し、大きなやりがいを感じられた小林さん。小林さんはA-KIND塾1期生でありながら、未来設計実践塾1期にも参加されています。
■未来の専門家はいないという言葉に救われた気持ち
私がSILKの担当に異動した年に、A-KIND塾が始まりました。当時の上司にソーシャルイノベーションを担当するには、受講は必須だと勧められて応募しました。これは受講生にしか分からないと思いますが、第1回の講義はそのあまりの濃密さに、帰り道は放心状態でしたね。 当時の私は、行政職員の自分が未来にできることの正解を見出せないもどかしさと不安をずっと抱えていました。そんな中、この塾で熊野さんの「未来の専門家はいない」という言葉に救われました。まだ見ぬ未来に対しては誰もが初心者で、誰が正解・不正解というのもないと。でもこの場にいる同じ方向を向いている人たちと一緒に歩ませていただけることの心強さとありがたさをすごく感じました。
また、私が参加した1期では、何回目かの講義で、塾生が自身の事業と、どんな想いでそれに取り組んでいるのかを発表する場がありました。その際に、ある塾生が思わず感情があふれた場面がありました。目指している未来に対して、力及ばない自分の不甲斐なさなどがあふれ出したのかと思います。まわりからその道の先駆者と言われているような人でもこんなに不安で悩んでるんだと、初心者の私からしたら衝撃的で、また、等身大の姿で参加できるこの塾のあたたかさを感じた瞬間でもありました。
行政職員である私は、民間の方が多く参加されているA-KIND塾に遠慮がありました。けれど、民間と行政という線を引いていたのは私だけで、フラットに仲間になれたことも大きな経験でした。行政の立場として民間の方と接するときには、「下手なことは言えない」とか「依怙贔屓はできない」という意識が働きます。A-KIND塾では、民間も行政も、それぞれがお互いに尊重しながら、学んでいくということを体感できました。
ーA-KIND塾で官民協働を体験された小林さん。その後、行政職員対象の未来設計実践塾にも参加します。
■参加して学んだ状況をつくる力
未来設計実践塾は私たち行政の強みを見つける場でした。行政という枠組みの中にいるからこそできる、未来のつくり方を学びました。
例えば条例整備。規制を設けるだけじゃなくて、可能性を拡げられるルール設計もできる。一職員からすると、とてもハードルの高いことのように感じますが、それを実現してきたゲスト講師の話を聞いて、行政の強みをいかに未来のために使っていくか、ということを学べました。
未来設計実践塾は、グランドビジョンを描き、マイルストーンを置いて、どのような施策を打てば、それが良い方向に向かうのかを塾生同士で議論を重ねる日々でした。卒塾式では、状況をつくる力を磨きたい、と言ったのを覚えています。大きな組織の中にいると自分一人の無力感だったり、なにかを成し遂げていくことの途方のなさを感じることがあります。でも、塾をとおして、ほかの部署にも、ほかの組織にも、同じ未来を目指して頑張っている仲間がいるということに気づき、彼らの動きを活かしながら、「これはやったほうがいいよね!」ってつい誰もが言ってしまうような状況を組織内外でつくっていくことができればと思っています。
ちなみに未来設計実践塾には、京都市役所の同期を誘って一緒に参加しました。A-KIND塾での経験から、学んだことを職場や同僚に届けることも大切だと思ったからです。その同期が、卒塾式の挨拶の際に「まずはこの塾に誘ってくださった小林さんに感謝します」と言ってくれました。それまでの仲の良い同期という関係から、本当に“仲間”になったと思いました。
ーA-KIND塾と未来設計実践塾のどちらも体験された小林さんは、どんな方にA-KIND未来設計実践塾をお勧めされるのでしょうか。
なんとなく、このままでいいのかなという疑問を持っている人ですね。あるいは、今の組織・部署では自分の力を発揮できてない、やりたいことをできないと思っている人。この塾では、膨大なデータに触れ、実践者たちとの議論を経て、考える力を養えます。自分で考える力を身に着けることで、開かれる選択肢ってたくさんあると思います。今ぶつかってる壁を、新たな視点から乗り越えるもよし、壊してもよし、なんだったら、そもそも壁じゃなかったって気づくこともあるかもしれません。
目まぐるしく変わる社会において、未来を見据え、今すべき事業を構築・実現していくことの難しさに直面しているのは、私と同じ行政の職員はもちろん、民間の方もきっと同じですよね。A-KIND塾と未来設計実践塾が統合したように、これからは、行政も民間もお互いの強みを生かして、良いところを混ぜこぜにしながら、未来を考えつくっていく時代なのかなと思います。自分の力が発揮されてるって実感できるときって幸せじゃないですか?頼り頼られ、生かされていると感じられるような社会をつくっていければと思い描いています。
■インタビューをした大槻より■
冷静かつ丁寧に言葉を選びながらお話される小林さん。行政という立場の窮屈さがあるのではと予想していた私には驚きがありました。小林さんは行政職員という立場を十分に理解し、社会課題解決のために、その強みを活かすことを伸びやかに、柔軟に考え実行されています。次世代の社会のあり方、未来を感じることができた貴重な時間でした。
PROFILE 小林 かえで(KOBAYASHI Kaede)
総合企画局プロジェクト推進室 1989年生まれ。同志社大学法学部卒業後、京都市役所に入庁。 京都市立芸術大学において、教員の研究活動のサポート等を担当した後、 2015年から京都市ソーシャルイノベーション研究所(SILK)、2018年から京都経済センターの立ち上げに携わる。 2019年から現在の所属で、京都市立芸術大学の移転を控える京都駅周辺エリアの活性化を担当。塾での学びをとおして得た「これまでの当たり前も大切にしながら、これからの当たり前を創る。」をテーマに各事業に取り組んでいる。
(公財)信頼資本財団A-KIND塾1期、未来設計実践塾1期卒塾。未来設計実践塾1期副塾頭。
(2022年1月インタビュー)