シンライノコトバ

2021.03.01

希望を持つことで不安は解消していく

東日本大震災から10年。

この10年間の活動を振り返っている日々の中、2月13日夜、東日本で福島・宮城の震度6強を最大震度とする地震があり、2011年3月11日に発生し、東日本大震災を招いた東北地方太平洋沖地震の余震だと気象庁が報じた。 その後も北海道から沖縄に至るまでの各地で震度3以上の地震が観測されていることから、東北は元より、各地で不安を抱えておられる方が多いだろうと我々も案じている。

もう1年ほど、コロナ禍で世界と共に霧の中を歩んでいるが、この地震後の2月はさらに濃い霧がかかってきたような日々でもあった。 しかし、東日本大震災を経験した時に子どもだったという人たちが「誰かのために、地域のために」と動く姿を見ながら新たにした思いがある。 それは、地震発生前後の対応によって、この震災を結果的により大きなものにしてしまった私を含む社会の数々の過ちをふりかえった上で、「やっぱり希望はあるよ」と歩む大人たちの1人でありたいという思いである。

近代の在りようをふりかえることなしに、今の我々の暮らしや社会課題の本質を考えることはできないというのが、私たち財団のスタンスである。 したがって、今回もまた、これまで幾度も繰り返してきたように、近代を振り返りながら希望について考えた。

近代経済に大きな影響を与えたアダム•スミスは『国富論』の第1編第1章で「分業」について論じている。
ある完成品を最初から最後まで一人で作っていては時間がかかるし人々に富が行き渡らない。

だからといって完成品を輸入するだけなら国内の富は流出するだけである。

分業をして完成品を作りあげれば、人々は分業のそれぞれに熟練した専門家となり、大量の完成品をつくることができるようになり、人間本来が持つ交換性向から財の交換が発生し、それぞれの生活便益品が充たされる互恵社会になり、社会的にも経済的にも人々は豊かになり、国も富むようになるという考えである。

しかし、その分業の先にある個々の豊かさや互恵のための交換が広がっていく前に、人間の分業が機械に近いものとして捉えられるようになった時、能率と効率のみが求められるようになった。
これに伴って労働を基幹にした社会も効率的運営を目指すようになり、システムや制度を維持することが正義になり、組織とは増幅機能を効率的に上げるためのものであると捉える人が増え、場合によってそこで人々を苦しめる問題が発生しても、何のための分業か全体が見えなくなっているため、無自覚に真面目な行動を繰り返し、問題を増幅させてしまうことにつながっていく状況も出てきた。

日本は富国強兵を掲げた近代化で分業をベースにした工業化をはかり、戦後、改めてこれを極め、精緻な工業システムで「高度経済成長」を遂げ、経済大国になった。
一方で、行政システムも縦割り細分化で効率的な分業化を果たし、経済成長の駆動力となった。
民と官が力を合わせて工業と社会の分業で効率を極めていった歳月。
その「成功」は、世界状況や社会全体への関心には向かず、国内や自社の利益のみを重んじ、地域に対しても個人に対しても、その本質には関心がないような組織運用による結果でもあった。
分業を担う個人も、自分のこと、家族のことだけを見つめるようになり、失敗すれば自己責任を問われる社会の中で委縮し、アダム・スミスが放っておいても生まれていくと説いた互恵性は置き去りにされたままとなった。

なぜだろうか。
分業が悪いのでない。
社会での分業は自ずと生まれるものである。
しかし、組織内分業を極めれば、社会に関心がなくなり、個々人が社会全体のあるべき姿を思い描き、理解し、最適に分業して、社会の成熟を進めることが出来なくなる。
その結果、社会における分業が逆に社会の複雑化を進め、益々社会に関心と責任が乏しくなる。
組織内分業で進んだ効率化は、非効率の中にあった人間ならではの関係性に必要な無駄や手間さえも省いていった。
効率化で競争力を上げた組織は、利益を上げ、それが目的化し、利益が社会最適ではなく組織正義を尊重する文化を育て硬直化を生み出した。
利益の増大を求めるあまり、法の元に平等であるという人為的な平等社会を築いた。
縦割りと細分化は、部分最適化を進めたが、全体不最適をもたらした。

社会でも組織でも、その場が関係性を豊かにするという価値増幅を担った時、そこには人々の居場所と出番が生まれるものである。
効率のための分業が極まった社会において、人々は見えないが感じていた「人の思いや自然の在りようを感じる力」や「原因や状況を認知する力」や「変化への適応力」を弱くした。 今、コロナ禍が生じ、全体が見えず、不安が蔓延している。

自然は、人間の思考からすれば、非効率や不確実や不合理を内包している。
日本人は、天変地異の多い国土で「生きとし生けるものは、平等に無常である」と自然を理解し、非効率や不確実や不合理を曖昧なまま捉え、その時々の最適解を臨機応変に構築する社会を築いてきた。
問題が少ない社会だったわけではないが、その結果、人との縁だけではなく、モノとの縁も含めた見えない縁を文化的に見える化し、価値を交換する分業化社会、質的価値創出の社会を築いてきた。

自然の中で、生命が最善を尽くすということは、効率化を目指すということではなく、自然という全体の中での最適化を目指すことの重要性を知って、そのために力を尽くすということである。
見えないものを感じ、この全体最適化に向け、変化に適応し、最善を尽くすという活動が、希望の獲得につながる。
そして、希望の獲得だけが、漠然として原因がはっきりしない不安というものを解消していく手段である。

次の世代にも解決を持ち越さざるを得ない福島原発事故も含む東日本大震災の年に生まれた子ども達がもう10歳。
10歳だった子どもたちが成人式を迎えた。
私たちは、あの日分業縦割り社会の中で起こったことへの検証を続けながら、方向性を見定め、希望を獲得し、希望を持ち続けることができる社会を次の世代に渡していきたい。
それは、テクノロジーも活用しながら自然に倣ったエコシステム社会、人々が活動すればするほど、人間関係や自然関係が豊かになる自治型のコミュニティネットワーク社会である。


2021年3月 
公益財団法人信頼資本財団 理事長 熊野英介