シンライノコトバ

2020.11.11

資本主義はその成功ゆえに失敗する

これは、経済学者ヨーゼフ・シュンペーターが『資本主義・社会主義・民主主義』に記した有名な言葉である。
資本主義は、いずれ競争の原理からなる既得権の基盤を確立してしまい、その源泉であったはずのイノベーションが起こりにくくなり、既得権の保護からやがては社会主義化することを予測した。
一方、彼はこうも言っている。「失業率が高い時期は、イノベーションの成果が経済全体に広まっていく時期と一致している。 」

つまり、不安の解消につながる新しい社会ニーズを獲得する安心へのエネルギーが大きいうちは、資本主義が続く。
しかし、不安の解消を安定で担保しようとする動きが始まれば、社会主義化する。

世界は、今年、コロナ禍で覆われた。
今、「安心」をつくり出すエネルギーはあるのか?既得権者を軸にした「安定」の担保が主流になるのか?

話は単純ではない。
社会主義国であったはずの中国を筆頭にした計画経済の「国家資本主義」が、猛烈な勢いで足場を固めている。
リーマンショック以降、中国は工業力を使って急速に経済力を上げていった。
民主主義が根付いていない国の経済発展は順調に進むはずはなく、いたずらに貧富差の拡大を招き、それが体制の崩壊につながるはずだと西側諸国は口にしていたが、そうした予測を覆して中国の経済発展が続いている。

中国はコロナ禍を素早い情報統制で封じ込めた。
同時に香港の民主化運動もコロナ禍の統制で鎮静化に向かう結果となっている。
こうした事例が、資本主義と民主主義を考える上で非常に参考になる。

つまり、新しい社会主義国家の形は、国家資本主義ということだ。

かつて、アメリカは、自由と豊かな経済で世界中から羨望を集めた。
かつて、ヨーロッパは、文化と知性で眩い憧れだと言われた。
しかし、今、近現代資本主義国家のトップランナーだったアメリカもヨーロッパ諸国も、急速に失墜している。
今後、中国が新たな形の資本主義国家盟主になり、科学と文化と安定の憧れの国になる可能性が出てきている。

中国と政治的経済的に対立するトランプ大統領が当選した2016年は、イギリスが国民投票でEUから離脱したブレグジットの年でもあった。
世界は、ブロック化が進み、アメリカ一極支配から多極化が始まり、コロナ禍による失業対策で計画経済的公共投資が動き出す模様だ。

資本主義はその成功ゆえに失敗するというシュンペーターの予測を思い出す。
西側諸国もまた国家資本主義という新たな社会主義の形に向かっているのではないか。


さて、その計画経済的公共投資の大半の分野は、「情報」になるだろう。

モノの動きとヒトの動きが情報に変換されるということだ。
情報の使い方は、社会の「安定」を求めるものになるのか、それとも「安心」を求めて次の段階のイノベーションをエネルギーの源泉とするかで時代は大きく変わっていくだろう。
「安定」を求めて進む場合、平等の実現で格差を縮め、市民間の富の配分は平等になる。
つまり、国家資本主義という様相の社会主義化である。

現実には、緩やかに平等化が進み、情報管理により、選択する自由は、平等に資源やエネルギーが配されるための、情報による選択させられる自由の状態、情報社会主義になっていく。
選択させられる情報範囲外の自由は、ノイズ、アンコントロールなもの、不確実性や不安定状況を生むものとなり、非効率な社会の誘因として排除される可能性もある。

冷戦が終わり、バブル経済が終わってから、約30年間、政治も経済も不安を指摘する社会になった。
この間、シュンペーターも言っているように「悲観的な見解を示すと、楽観的な見解を示すよりも、民衆から博識であるとみなされる」をなぞるように、行動の伴わない傍観的なポジションで評論家になり、悲観論を繰り広げ、いたずらに不安をあおり続けている存在が増えたように思う。
いつの時代も人類に重要なはずの希望を抱けない社会に拍車をかける評論家的悲観論者は、そうした現状を無自覚に創り出していることを自省して欲しいと願う。


不安溢れる社会で、コロナ後に人々は「安定」を求めるのか?「安心」を求めるのか?
強く安定社会を望めば、国家資本主義社会につながっていくことを書いてきた。

信頼資本財団は次のように考えている。
科学→複雑系(エコシステム)
技術→情報エコシステム
産業→ビジネスエコシステム
社会→定常社会での意識の革新
になっていくという一連の未来のヴィジョンに、科学を支える価値決定の「哲学」が欠けている。
哲学をもって科学・技術・産業・社会をヴィジョン化するということは、日本を自立分散ローカル自治のネットワーク社会として、消費欲望市場からライフワーク参画欲求市場へ移行させることになる。

地球環境問題や資源枯渇問題が顕在化する未来は、地球の制約条件を加速し、産業革命以降の工業化社会の方程式のままでは、資源の争奪が起きる。
それを防ぐために、安定社会を望む情報社会主義による国家資本主義社会になっていくのか?
一方、社会関係性からの安心を求め、定常物質社会で文化成長社会である脱物質の文化産業ソフトパワー大国になれば、そもそも資源やエネルギーの争奪に走ることはない。
日本が進んでそのようなソフトパワー立国になれば、世界の資産になり、国の安全保障も工業的なハードパワーに頼らなくても良くなるのではないか。
信頼資本財団は、貨幣価値市場の金融資本主義から、豊かな自然や人間関係の社会関係価値の資本主義へシフトすることで、人々が不安から「安心」に辿りつく社会を目指して活動を続けている。

人々は、「日々忙しく、日々楽しく、日々孤独である。」
なぜなら、孤独を紛らすため、忙しく、楽しさを求め、虚無感や孤独感を感じないようにしているからではないだろうか。
豊かな関係性の中で生きていると実感できるようになれば、「日々忙しく、日々楽しく、日々孤独ではない」と暮らす人々がいる社会に近づいていくだろう。

そのために、
作れば作るほど豊かな関係性が増える
働けば働くほど豊かな関係性が増える
買えば買うほど豊かな関係性が増える
使えば使うほど豊かな関係性が増える
こうした商品やサービスを提供できる社会事業家を応援し続けている。

豊かな関係性を感じられる範囲は、グローバルよりローカルである。
ローカルソーシャルビジネスを活性化させるために地域のエネルギー(再生可能エネルギー)、地域の資源(循環資源)、地域のマンパワー(ノンフルタイム・ノンスキルのマンパワーマネジメント)を活かし、地域で必要なモノやサービスを地域文化性によって提供し提供されるライフスタイル参画欲求市場をつくることができる可能性は増えていくだろう。
自立分散ネットワーク社会が、社会関係性資本主義を醸成していく。

国家資本主義でない、関係性資本主義の時代に移行していきたいものだ。

2020年11月
信頼資本財団 理事長 熊野英介