シンライノコトバ

2020.07.13

僕たちは、子どもだった

今年の夏、戦後75年をむかえる。
我々は、何を学んできただろう。

  •  8月15 日は、終戦記念日と聞かされて大きくなった。敗戦日なのに。

  •  国連は、世界中の国々の連合と聞かされて大きくなった。第2次世界大戦中の枢軸国に対する連合国を受けついだ組織なのに。

  •  核のパワーと原子力は、別だと聞かされて大きくなった。いずれもNuclear Powerと表わされているのに。

  •  デモクラシーは、民主主義と聞かされて大きくなった。民主制という制度を表わす言葉なのに。

  •  幸せとは、経済的に自立する事と聞かされて大きくなった。精神的に豊かになることなのに。

  •  「あなたの人生だから、後悔しないように自分らしく生きなさい。ただし、人に迷惑をかけないように」と言われて大きくなった。まわりに迷惑をかけない人生などないのに。

  •  高度経済成長時代に東京オリンピックや大阪万博があり、並行して公害問題やベトナム戦争もあった。経済成長と社会課題は別の議論とされていた。同じ俎上のはずなのに。

  •  科学立国、技術立国そして加工立国と、科学力や技術力や貿易力を高め続けた結果、借金大国になってしまった不思議。

  •  多くが小学校から高校あるいは大学まで、12~16 年間勉強し続けることができるようになったが、国民の満足度は高くないと統計が出てくる不思議。

その時代を知っている子どもだった我々も還暦を過ぎ、先輩たちは古希を過ぎた。
多くを学んだ大人になってこれただろうか。
私には、権力に良心を求めることで社会課題の解決をはかろうとする人が多いように見えている。
市民の側が理想を示す大事さを忘れてしまったのだろうか。

今、世界の実体経済は、新型コロナによるパンデミックで傷んでいる。
社会と経済の課題解決は、二律背反し、両立は難しいと思いこんでいるままでは、経済規模を拡大して解決しようという発想にしか至らない。
規模の拡大が経済格差や自然への負荷を生んでしまっているのだという発想に至らない。

歴史上では、成長経済期より定常経済期の方が長い。
新しいモノやサービスを生み続ける成長経済で規模を追う期間は、長く続かない。
産業革命による成長経済はリーマンショックで終焉期を迎えたと判断した方が、理にかなっている。
政治も経済も不必要に不安を煽り、不必要な欲望を煽って規模を追う社会からシフトする時はとうに来ている。
人類は、経済成長が止まり定常に入ると「表現」を拡張することができる。
思想や文化表現分野での経済が発展すれば、もう少し成熟した社会に向かうことができる。

子どもだった我々が、歳だけとった幼稚な年寄りになり、政治自らの変革に期待し、依存するのではなく、知恵を持った新しい市民として、新しい社会を描き、構築することから始めなければならない。

戦後丸75年を迎える今年、新型コロナ禍により、世界は音をたてて変わっている。
日本も新たな姿に変わるタイミングを逃せない時が来ている。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉を忘れず、恐れずに手を携えていこう。


2020年7月
信頼資本財団 理事長 熊野英介