インタビュー信頼資本財団に携わる方々へのインタビュー

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“与えられる存在”から“与え、分かち合う存在へ”

株式会社革靴をはいた猫 代表取締役社長 魚見航大 さん

 靴磨きを通して障害者やひきこもりの若者が活躍できる社会を実現したいという思いで2017年3月に「株式会社 革靴をはいた猫」を立ち上げた魚見さん。障害を持ったメンバーたちと一緒に出張靴磨きサービスを始め、今年2月には京都市役所の近くに靴磨き専門店を開店されました。どのような経緯で障害者の就労支援をしようと考え、なぜ靴磨きなのか、そしてどのような未来を見ているのか。魚見さんにインタビューします。

熱中することがない自分を変えたいと京都へ

 生まれは広島ですが、育ちは三重で、小、中、高と本当に平凡な学生生活を過ごして、特に熱中することが見つからず、どちらかというと前向きになれない学生で、周りに頑張っている人がいると「がんばってんなー」と冷ややかに見ていました。

 三重の高校では、多くの人が近くの名古屋の大学に行っていたんですが、家を出て自分を変えたいと思って高校卒業後は京都の龍谷大学に進学しました。たぶん、人生は一回しかないので後悔したくないという思いが根底にあって、それまで目標も持たずずっと過ごしてきてたから、このまま終わるのも嫌だと思っていたんでしょうね。

大学での学生団体との出会い

 大学では政策学部に入学しましたが、そこに行きたいという思いがあったというよりは、政策学部が合ってるんじゃないか、くらいの気持ちで学部を選びました。入学したときは自分を変えたいという思いがあり、何でもいいから頑張ってみようと思って最初は普通のフットサルサークルに入ったものの、これでいいのかなと納得できなくて。


 そのときに参加した龍谷大学政策学部のカリキュラムでRyu-SEI GAPという、地域の課題を学生がどうやったら解決できるか考えるプログラムがあったんですが、そのなかで「伏見わっしょい新党」という、消費者の方に地域の農家さんの魅力をもっと伝えて地元の野菜をしっかり売ろうという活動をしていた学生団体があり、その活動にはやる意義があると感じたので、初めて「これを頑張ってみよう」と思い、大学1年の秋に活動に加わりました。

 伏見わっしょい新党は1年生と3年生だけだったので、先輩たちが引退すると1年生だけが残り、自分が代表になりました。その具体的な活動としては、野菜市を開催して販路が少ない新人農家の野菜を販売したり、伏見の中でも坂がきつくてスーパーが少ないエリアの高齢者は買い物に困っていると聞いてはそのエリアに農家の野菜を届けたりしていました。その活動は、大学1年の秋から始めて3年の夏まで続けました。

 あるとき、大学の中にある「カフェ樹林」という、障害のあるメンバーが働いているカフェの店長さんが大学の広報誌で自分たちのことを見てくれて、「その野菜をカフェで売ってほしい」と言っていただき、売らせてもらうことになったんです。僕たちは野菜の販売だけでなく人参ケーキもなどの加工品も作っていたんですが、樹林で開催されたイベントでたくさんお客さんが来た時に人参ケーキをふるまったことがきっかけで「カフェを盛り上げるの手伝ってよ」と店長に誘われました。そして、カフェを活性化しようとしていたチームノーマライゼーションという学生団体に自分も参加しました。

障害をもったメンバーたちとの出会い

 「カフェを盛り上げてほしい」ということだったので、とにかくカフェの売上げを上げたらいいと初めは考えていましたが、活動をするうちに、周りの人が頑張って障害のあるメンバーたちをサポートするだけでは彼らが生きていくうえで本質的な成長にはつながっていないのではないかと思いました。そのカフェでは就労支援B型といわれる一般就労が難しいメンバーが働いていましたが、彼らにもできることが多くあるように感じていました。

 あるとき、当時40人ほどいたチームノーマライゼーションのメンバーたちに店長が「障害のあるメンバーと学生がいっしょに学びあう学校を作ろう」と言い出して、自分が座学と実践を学びあう「カレッジ」という場がスタートしました。実践の方はカフェや農業など以外にも、職人というのが1つのキーワードとしてあるんじゃないかということになり、たまたま京都駅の靴磨き店で靴を磨いてもらった店長が、「靴磨きが良いんじゃないか」とぽろっと言われて。最初はなんで靴磨きなのかと思っていたんですが、カフェで働く障害のあるメンバーたちには他にも何かできる可能性があるんじゃないかと思っていましたし、店長を信頼していたので、やるだけやってみますという感じでカレッジでの靴磨き実習がスタートしました。それが、靴磨きに携わるきっかけになりました。

障害をもったメンバーたちとの出会い
靴磨き修行とメンバーたちの反応

 最初は、学生のメンバーは靴磨きの方法が分からないので靴磨きの修行に行かなければならないということで、京都駅の靴磨き店のおじさんのところに行くと、バーニッシュという大阪のおしゃれな靴磨き専門店を紹介してくれて、大学3年生の冬くらいからそこへ修業に行って技術を学び、修業がない日はカフェの営業前の時間を使って、カフェのメンバーに靴磨きの技術を教えていきました。それを、自分や、のちに一緒に会社を経営することになる宮崎ふくめ学生5人くらいでやっていました。修業は合計1年半くらい行っていましたね。

 そうして教えてもらった技術をカフェのメンバーに伝えていきましたが、彼らも最初は靴磨きのいろんなことが苦手で、靴という漢字を書くのを覚えたりとか、右と左という概念がわからなかったり、時計が読めなかったりしました。でもちょっとずつできるようになって、自信がついていったようでした。

 はじめは出張型の靴磨きサービスをしたんですが、一番最初に出張したのは大学の教授会でした。会議前に靴をお預かりして会議が終わるまでにきれいにするという仕事でしたが、メンバーたちも直接お客さんとやり取りして、みんなで切磋琢磨して仕事をするというのが楽しいようで、どんどん乗り気になってきて、気づいたら自分より先に準備をしていて「早く始めようよ」と言い出すくらいでした。
 宮崎がよく言うように、一緒にやるメンバー同士の関係性がよくなって、それがお客さんにも喜んでもらって、そういう姿をいろんな方が喜んでくれて。という風に、どんどんいい方向にもっていったんじゃないかと思いますね。

株式会社革靴をはいた猫 立ち上げ

 最初は靴磨きをお手伝い感覚でやっていて、自分ができるとこまでやろうと始めたけれど、いろんなところへ出張するなかでメンバーの成長を感じるようになって、どこかで事業化したいなと思いました。その時はまだ決心がついてなくて、大学院に進んでもう少し力をつけてから事業化しようかとも思いましたが、メンバーの成長を感じていていろんな方の応援もある中で、ここでしっかり事業として挑戦しなかったら悔いが残るだろうとも思うようになって、宮崎も「挑戦した方がいい」とずっと言っていたので、起業を1月に決めました。

 そこで、大学の先生や経営者のなかで靴磨きでの起業に唯一賛同してくれた深尾先生に「起業したいです」と言ったら在学中に準備しなさいとのことだったので、起業する方法を調べてなんとか卒業式前日に登記できました。資金については、一応大学院に進むための資金があったので、それをどうしても貸してほしいと親に頼んで貸してもらって、あとはチームノーマライゼーションでお金をプールしていたので出し合って、あとは深尾先生も一部援助してくれました。

A-KIND塾との出会い

 起業する少し前に、大学でやってきたことを伝えようと自分たちでシンポジウムを開催したんですが、そのときに京都市の方からA-KIND塾というのがあると教えていただき、当時学生で社会人経験がなかったもののA-KIND塾に入塾させてもらいました。

 A-KIND塾では、社会で実際に思いをもって活躍されている方たちが働かれている中での生の声を聴けたのが、社会人経験のなかった自分には大きかったですね。具体的には、大量生産・大量消費をどうしていくか、という問題についていろんな方が挑戦していることを知ることができ刺激になりましたし、すでに成功している会社でも経営的にしんどい時があったという話を聞くと、励みになりました。

 また、カリキュラムの最後にあるフリーマーケットに向けてチームで商品を考えるんですが、同じチームだったヒューマンフォーラムの岩崎さんが、どんなときでも多く集まって話しましょうということで、みんなを集めて意見を抽出してくれたんで、3期生のなかでもチームとして一番一体感があったように思います。当日も活気があって、結果も一番良くて。岩崎さんからリーダーシップを学びました。

 また、講義の中で熊野さんが「いろんな方の思いを実現していくのが社会的事業家だ」とおっしゃっていて、なんとなく自分が前々から思っていたことを言っていただいたので、自分の方向性は間違っていなかったんだと確信できました。さらに、「消費者の気持ちを形にして商品にするんだ」という、自分が言語化できなかったことを具体的に言葉にして教えていただけたので、とても勇気づけられました。

起業してから現在に至るまで

 起業した当時はお店を出すのは費用がかかるというのもありますが、メンバーには接客は難しく靴を受け渡しする時間くらいの事業がいいのでは、と思って最初は出張サービスを始めました。

 まず京都信用金庫さんに行かせてもらって、自分たちの事業を知ってもらい、いろんな人が興味を持ってくれて呼んでくれて次々と紹介してくれていくなかで、もともと自分が修行していた大阪のお店の店長に、「ここの店で月1回くらいイベントとして働いてみたら?」と言ってくれるようになり、そのお店でも出張で靴磨きをしていました。

 そうしているうちにメンバーの藤井が、とくに接客が苦手ではあったんですが、「コミュニケーションが楽しいからお店を持ちたい」と去年10月ごろから言うようになりました。難しいかとは思いましたが、京都市役所の近くのデジカメプリント屋さんの社長さんと店主さんが思いに共感され一緒にやろうよと言ってくださったので、そのデジカメプリント屋さんの協力を得て今年2月に店を開きました。


 いまお店にいるメンバーは、コミュニケーションや数字がなど苦手点もありましたが、仕事を通し同じ苦労をする中でとてもいい関係性が築け、苦手なところをフォローし合いながら成長してくれています。そういう関係性はとても大切で、僕らも教えてもらうことがたくさんあります。最初に出会ったときは、話も聞いてくれなくて、難しいんじゃないかって感じだったんですよ。でも今では一緒にお酒も飲みに行きますし、めちゃくちゃ楽しいですね。

起業してから現在に至るまで
革靴をピカピカに磨き上げる藤井さん
今後の課題として感じていること

 一つは、自分や宮崎は靴磨きを教える時間がこれまで多かったんですが、これからはそういった時間が割けなくなる可能性が高いので、これまで教えてきたメンバーが、今度は伝えていく番だと思うんですよね。やっぱりその質というのは高く持っておかないといけなくて、一流の技術を身につけて守っていく土壌というのは必要だなと感じているところです。

 また、自分たちのミッションは障害者の働ける職場を増やして行くことなので、拡大はしていきたいと思っているところですが、仕事を作っていかないと拡大はないので、靴磨きを接点にお客様を増やし、仕事を増やしながら雇用も増やしていきたい、というところですね。やっぱり靴磨きだけ言っていてもお客さんが限られてくるんで、靴磨きだけでなく靴自体にも焦点を当てたりなど、どのように他の視点も入れていくかが課題だと思います。

魚見さんが目指すもの

 僕らがやりたいことは、人だからこそできること、人のやる価値のあることに力を入れてやっていきたいと思います。そうなってくると教育が大事になってきますが、それと同時に、時間をかけて熟成していくもの、技術だけでなく場づくりも大事にしています。

 メンバーの中には、休みの日に靴磨きを練習している子のもとへ行ったり、練習用の靴がないからといって、わざわざ中古の靴を買って次のメンバーに靴を渡したりする人が出てきています。本当に人思いだなあと思いますね。また僕たちの目指しているような、循環ができつつあるんだと思います。自分たちが作ってもらったチャンスを次のメンバーのために作っていく。そういうチームを作っていきたいです。

これからの自分、社会はどのようにありたいか

 自分としては、やっぱりそうはいってもプロ意識というのが仕事を作っていくと思うんですよね。よりいいものを提供したいという気持ちが新しい仕事を作っていけると思うので、現場で汗を流したいですね。現場って会社において最先端だと思うんですよね、なので、そこで自分もずっとそこでやっていきたいというのがありますし、同時に誰かが挑戦しようとしているときに「できるよ」と言ってあげられる人になりたいですね。

 社会としては、ひとりひとりの可能性を広げられるようになっていってほしいなと思っていて、特別支援学校はまだ閉鎖的なところがあるので、教育というところから、より多くのメンバーが可能性を感じられる社会にしていきたいですね。

信頼資本財団にどのようになってほしいか

 熊野さんは仲間集めをしているとおっしゃっていましたが、これからは何をするにしてもいろんな人の力を借りて作っていく時代ですし、信頼資本財団さんの周りには意識の高まった方がたくさん集まっておられるので、引き続き仲間集めを進めてもらい、具体的に社会を明るくする事業を展開してほしいと思います。そこに自分たちも関わっていけたら嬉しいなと思います。

信頼資本財団にどのようになってほしいか
革靴をはいた猫店舗にて。左から魚見さん、丸山さん、藤井さん