シンライノコトバ

【立場の違いに拘り差別することから脱し、人類最大の愚行に終止符を】

ベトナム戦争への反戦運動

●差別を生む価値観から、《豊かな関係性》を増幅する価値観へ
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冬季オリンピックが終わり、パラリンピックが続いている。
久しぶりの休日、熱戦を見ながら考えた。

水俣病が表面化した公害の時代。
ベトナム戦争もまたその側面を持つ大国代理戦争の時代。
共に同じ民族同士が、いがみ合いを続けていた。
その時代に青春を過ごし、強い者が弱い者を理不尽な目に合わせる「差別」「戦争」に憤りを感じ、これを無くしたいと思い生きてきた。

しかし、そんな自分が自らを正義と信じ、優位性を保つため、立場の違いを拠り所にし、多数派工作によって合意形成を目指すなら、逆に無意識のうちに差別に加担することになるとも思ってきた。
なぜなら、差別する人は自分の優位性を示す目的でそれが違っている人を蔑むものだから。
つまり、自分の中にある理不尽さに対する憤りを突き詰め、価値観の違いを構築した議論ではなく、立場の違いを蔑むという楽な方法を選んでいるということになる。

一方で、価値観の違いを議論するなら、違いを認める力が必要になる。
自分にある力を信じ、立場の違いによる差別には加担しないと己を律する確固たる軸が必要になる。

けれども。
私の性格の弱さからか、権力や集団の論理を振りかざされると、ムラムラと反骨心が自律の軸をぶらしてしまう。
まさに、自らの中にある「差別心」を誘発する種火との闘い。

安易な対立が見受けられるのは、民族問題、宗教問題、ジェンダー問題、世代問題、地域問題等々、後を絶たない。
もっと無自覚な差別の種は、「〇〇の経験がない者は、〇〇に関する意見を言う資格は無い。私は経験をしているから~」式の同調圧の考えにも潜んでいる。

過去から未来に向けて、私たちすべてが目指さなければならない、人々によって持続されなければならない価値観は、《豊かな関係性》の増幅だと思っている。
コンプレックスを隠す為に、自らの優位性を確保する為に、相手の立場を蔑む《差別》の構造は、《豊かな関係性》の増幅を妨げ、劣化させてしまう。

世界で一番長くクニを持続させて来たクニの人が、《差別》という非人間性を感染させる価値観に染まらぬように願い、自律を心がけ、《豊かな関係性》が増幅する社会づくりに共感する仲間を集め、行動しながら、人生を送りたいものだ。

 

●多くの人類の英知を集めて、難問を解決しよう
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さて、現代の国益とは?
地球益とは? 時代益とは? 地域益とは? 事業益とは? 家族益とは?
そして、個人益とは?

すべての根底にあるのは、生命の連鎖を持続させることだと考えている。

原爆ドーム持続する生命連鎖のため、個人益を超え、家族益を超え、事業益を超え、地域益を超え、国益を超え、悠久の時間のため、封印しなければならないもの―――――それは、一瞬にして、また間断なく、生命や健康や暮らしを奪う「原子力エネルギー利用」だと思っている。
人類史上初めて、それも2回、原子力爆弾の攻撃を受けた国に生きる者として、遅くともその発生から100年後の2045年までに封印をしたい。

そして、これが実現できようができまいが、既に日本中の原発や原発事故被災地に点在している大量の放射能汚染廃棄物、すなわち、高レベル放射性廃棄物、低レベル放射性廃棄物、また、フレコンバックに詰められ緑のシートを掛けられている放射能に汚染されたがれきや土や木々など。
この処分問題の解決を図らないという選択も、私には考えられない。
平和の祭典を謳歌する人類が、一方では、安全までに10万年以上もかかる「物質」を生み出してしまったという現実。
どんな技術も100%の安全性を担保できないと専門家が語る「物質」の処分をどうしていくのかという問題と、その「物質」と共存する人々の精神的側面・安心をどう担保していくのかという問題が存在してしまっている。
そこで、「この処分を進めていく必要がある。次の世代に先送りしてはならない」と言えば、「それは原発から出る新たな廃棄物の処理場を確保しようとする政府の言い分と同様だ。政府の手先だ」と意見をされる。
「処分を進める道を探りたいので、まずは原発の賛否を含むあらゆる立場の人の意見を聴いて力を結集したい」と言えば、「原発反対の人に声をかける姿勢は反政府と取られますよ」と意見をされる。

立場の違いを蔑んだり、非難したりすることでは、決して解決出来ない難問ではないのか。
既に関与したり、関心を寄せたりしている人はもちろん、更には、物質的問題を扱う科学者だけでもなく、精神的問題にあたる哲学者や宗教家、芸術家を含む多くの人類の英知を集めて、解決しなければならない最高レベルの難問だと、私は捉えている。
ただ、それだけのことだ。

以上、平和の祭典の裏側に核問題や民族問題など見え隠れするものを感じ、徒然なるままに書き連ねた。

2018年3月

信頼資本財団 理事長 熊野英介

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