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【メンバー自己紹介4:フェロー矢部寛明】

財団メンバーによるブログ一巡目は自己紹介。
事務局からはひとつのお題を出しました。
どんな子どもだと言われていましたか?
このお題を絡めたメンバーの自己紹介をお楽しみに!

矢部寛明(信頼資本財団フェロー)

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どんなこどもだったと聞かれれば、とにかく元気な子で好奇心旺盛だったと思います。


自然の中で遊ぶことが大好きな子どもでした。バッタを捕まえるのは誰よりも上手だったし、木登りも大好きで一日中木の上にいるような子ども。
両親の教育もあり、土日は毎週山にいってキャンプをする。
そんな日々を過ごしていました。
キャンプでは自分で火を起こし、自分でご飯を炊いて
食べたり、魚を釣ってさばいたり。
一年中、寒い暑い関係なく半袖短パンで生活をおくるような子どもでした。(母親談)


小学生の頃、担任の先生は奈良についてよく話してくれる先生で、その話はとても魅力的。
そのため奈良に行きたい気持ちを抑えられず、一人で小学校5年生のときに埼玉の実家から奈良まで一人旅をしました。
切符を買うのも初めてだった僕にはどきどきの連続でしたし、今考えてもよくしたものだと思いますが、母親いわく「ひとりでアメリカを横断する小学生がいるんだからなんてことない」(当時ニュースになった)とのことでした。(笑


先生にはよく「なんで?」「普通ってなんですか?」ということばかり質問してました。
先生が発する言葉が薄っぺらい気がしてやきもきした記憶があります。
先生も不完全な人間のはずなのにどこかで完全を装っている先生に違和感を覚えたのはこの頃でした。
今考えれば嫌らしい生徒だったように思います。


どこまでが子どもかという話になるとまたそれだけで議論できると思うのですが、僕の子ども時代は以上のような子どもでした。


最近感じていることはいくつかありますが、若い子たちが静かってことでしょうか。

たとえば、原発の問題ひとつとっても間違いなく大人やその上の世代が原発誘致をし今の世の中になったわけですが、ぼくらは全くハッピーではないと。

恩恵も沢山受けてきたと思いますが、一方で原発からでた放射性廃棄物が山のようにある。
そして、その処分方法は未だに未解決のまま。

今回の福島第一原発の事故も、少なからず放射能を気にしながら生活を余儀なくされているかたが沢山おられる。

僕は、よくお墓参りにいくのですが「よくもこんな社会にしてくれたな!(怒」とご先祖に怒鳴ってます。(笑

僕も含めもう少し社会について知った方がいいし、知ったら動いた方がいい。

そんなことを考えています。

 

*矢部フェローの紹介ページはこちら
→http://shinrai.or.jp/about/about-staff/

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