シンライノコトバ

「自然と芸術と人間」

「自然(natural being)」の反対語は何か知っていますか?

答えは「アート(art)」だそうです。

アート(art)の語源はラテン語のアルス(ars)で、アルスの語源はギリシャ語のテクネ(techne)、
技術という言葉の元になったということです。

つまり、自然に手を加えることがアート(art)となり、
その手を加えることができる存在が「人間(human being)」ということなのでしょう。


アートを日本人は「芸(藝)術」と訳しました。

「術」という字は取得した技(わざ)を表わしていると言いますが、

技術という字の「技」の字源は、小枝を折って自由自在に使う様子であり、
「藝」の字源は、人が屈んで土に木を植える様子です。

自然と人の間を「技」で埋めようとする西洋の文明観と、
「芸」で埋めようとする東洋の文明観の違いを示している気がします。


そして、自然をよく観察すると、調和の中に「同化しながら際立つ存在」としての
生物達が居るという矛盾を見事に実現していることに気づきます。

際立たないと繁殖できないが、同化しないと対立が生まれ、
生存の危機を招き、繁殖に支障が生まれるため、

隣の色が際立たせる仕組みにもなり、同化と際立つということの「間」となり調和を図っています。

小さな対立や矛盾を調和させるため、「間」を調和させる「芸」が成立すると、
より大きな個性が生まれます。

その個性同士が同様に対立や矛盾を生み「間」の調和を作り出す、
この繰り返しが、フラクタルを作り続け輪廻転生を繰り返す。

この「間」を調和させ、対立や矛盾を同化させる術(すべ)の統合が「芸」であるとすれば、
その鍵になる質が「両義性(ambiguity)」です。


日本文化の核心は、この同化の術を「芸術」にしている点にあるのではないでしょうか。

自然を神と崇め、人を穢れた哀れみとし、祈りの力で芸を磨き、
芸術にしていった人々が、里山を作り、里海を守ってきました。

しかし、自然を原料にし、人を経費にしたとき、我々はその対立と矛盾を「消費欲求」に変え、
GDPとして翻訳し、経済大国を目指しました。

その結果、心が退化したように調和を失っています。

今こそ、自然と人間の豊かな関係を資本とし、
それぞれが際立ちながら「間」を調和させる「芸術」を駆使し、

公利公欲を実現していく社会的事業家の活躍に期待したいと思います。

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A-KIND塾開講を控えて

熊野英介

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