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NO.47 西田治子 シニアフェロー「小さな経済」

「小さな経済」

 西田治子 シニアフェロー(オフィス・フロネシス 代表/一般社団法人Women Help Women代表理事/公益財団法人パブリックリソース財団 理事)

 

日本の人口減少、高齢化、東京への一極集中も相俟って、地方が危ないと言われて久しい。

さらに、昨今は、限界集落、地域消滅などという悲劇的な言葉も飛び出してきた。いよいよ何とかせねばというところで、政府も、地方創生というキャッチフレーズとともに、そのための専門職掌大臣まで創設し、施策を打ち出している。だが、この施策で果たして、劇的に地方は創生されるのだろうか?

 

今か4558106_624ら18年も前の小渕政権時代に、この問題自体は、十分認識され、審議会がその方策を検討した。その時に、提案された様々な方策は、現在の地方創生の施策と比較しても、その方針、内容ともに、大きく異なるような内容のものではない。その後も、手を変え、品を変え、様々な地方活性化策が打ち出され、実行されてきたというのが、実情だ。

 

小渕政権時代に検討されていた解決策と同様のものが、今また、施策として提案されているということは、つまりは、この課題が、中央政府が一括して、上意下達で解決できるような筋合いのものではないということが言えるのではないか?

 

地方交付税、様々な補助金を通じての地方活性化は、結局、お上だよりの経済を作り出すだけであり、真の地方創生にはなりえない。今、こうした補助金をもらうためのアドバイザー、コンサルタントなどが各地に出没し、地方自治体の提案の手伝いをしているという。その結果、提案内容が、どこかの成功事例から引き出した、本当にその地域に移植できるものかどうかもわからないようなものになってしまうらしい。中央政府が多大なお金をばらまいても、結局役に立たない代物ができる構図だ。

さらに言えば、本当に助成を必要としている人たちは、補助金を得られるために必要な膨大なペーパーワークや、役所との交渉に労力・時間を割けるような人たちではないと思う。したがって、無駄なところにお金が付いているというのが、現状ではないか。

 

それよりも、地方創生というのなら、市民の手を借りて、地域のコミュニティーを活性化させ、地元のリソースを最大限引き出し、コミュニティー内でシェア・活用することにより、地域内で経済の循環ができる仕組みを市民の力で生み出していく方が実際的ではないかと思う。

oesterwurth_kuhs_m_winrads-1このような試みは、私たちの身近なところで、すでに静かに始まっている。例えば、地域の再生可能エネルギー資源を上手に使って、税金を使わずに、公共施設のエネルギー需要を賄い、そのコスト削減分を、公共福祉に使うなど、再生エネルギーの生成・共有を地域経済再生の柱にするなどである。これは、世界の各地で始まっていて、バイオマス発電の例では、海外でいくと、ドイツのザンクト・ベーター村などが有名だが、日本の北海道の下川町などもその好例である。バイオマスでなくても、マイクロ水力発電、風力発電など、その地域の資源活用の道はいくつもある。要は、中央集中型から、分散型の地産地消へとエネルギー利用システムの変換を図ることだ。このようなことが進めば、エネルギーに限ったことでなく、経済のシステム自体が、中央集権から、地域分散型のオープンでシェアできるしくみへと変換が可能になると思う。

今は、小さな芽かもしれないが、地域コミュニティーによる、新しい形態の地域の資源共有と、参画する市民たちの創意・工夫、試行錯誤による資源活用のしくみ作りを支えることが必要だ。お上にすがるのではなく、地域の関係者たちが、地域の課題を自らの手で解決するために、自分の身の回りでできることから始めていく。そして、それを応援する上手な投資の仕方を考えることができれば、その地域の小さな経済が成り立つようになるはずだ。

今、ようやく見えてきた取り組みだが、このことを30年以上も前に、予言していた人がいる。E・F・シューマッハーである。この人の著作「スモールイズビューティフルー人間中心の経済学」をぜひ読んでいただきたい。

私は、読み返すたびに、その思想の現代性、深遠さに、感動している。

 

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