シンライノコトバ

【「平和」の作り方】

平和とは、人類が恒久的に【安心(Peace of mind )】であり続けることだと定義したい。

心が平和であり続けることが【安心】である。

 

人類は、食料と住まいの安住の地からサバンナに追い出された類人猿である。

生存リスクが高い環境下、「危険」の収集と判断は死活問題になるので、直立歩行をして広範囲のリスク情報を獲得するようになった。収集した情報を処理をするために前頭葉が大きくなり、大きくなった頭を支えるために、直立状態が常態化していった。

 

リスクを回避すれば生存を脅かすリスクが下がるということであれば、人類の心は常に不安に敏感ということになる。不安なことを考え出したら恐怖が襲い、判断が誤作動をおこす仕組みは原初から備わっている。

 

こうして大きな頭を持つようになった類人猿は、未成熟な状態が長引く形で出産されるようになり、一人で生き抜けるまで長期間の育成を要するというリスクが発生した。新しい不安の発生である。

その結果、子育てと食の獲得を協働して行う社会的進化をしていった。

 

その社会は、自然環境に合わせるのでなく、言葉を発明し、道具を発明して、都合に応じて生活環境を作ることができる初めての動物になった。そして、自然環境が異なった世界各地に広がっていけるようになり、文字を発明し、都市を作った。それでも自然環境に翻弄されることから、神を感じ、王を作り、国を作った。さらに、長い間、動・植物や水・風など自然界の一部を利用していたエネルギーとの関わりが、地下資源である石炭を大量に掘り起こす形にシフトし始め、産業革命を興し、工業化社会に向かい、大国化の時代を迎える。

 

第一次世界大戦。

植民地化など領土の併合を進める「大国」の欲望と、リスクと映るようになった他国への疑心暗鬼から大戦の時代に突入する。

大量殺人を目的にした重火器の他、毒ガスや戦車や戦闘機が登場し、徴兵制の導入により国家総動員の様を呈し、暴力性はかつてなく大増幅し、各国の予想をはるかに超える期間と規模と戦死者が出る戦争に発展した。

人類は大量に殺し合える道具を手にした。この「道具」の販売が一部に巨額の富を生み出し、軍需産業は今日まで隆盛が続いている。

 

大戦中ロシア革命を主導していたレーニンが「平和に関する布告」を発表し、その翌年ウィルソン アメリカ大統領が「14ヶ条の平和原則」を発表した。

大戦の原因のひとつとなった帝国主義からの脱却を目指し、民族自決を標榜する内容も書かれていた。

各々自国の事情を反映してのことではあったが、それぞれの民族が他国や他民族の干渉を受けず、自らの意思で政治を行うことできるようにするという民族自決の考えが初めて登場した。

当時この考えは、ヨーロッパ間で適用されたのみで、アメリカはじめ大国は、アジア・アフリカ・南米に植民地を維持し続けたままではあったが。

 

21年後に始まった第二次世界大戦では、国家間の戦闘に、国家の力で特定の民族を大量殺戮するという民族主義に基づく弾圧も加わった。

そもそも、帝国主義に反対して唱えられたはずの民族自決主義だが、建前論的な主張が民族の優位を競い合う差別感を醸成する一因になった。

他民族によって脅かされるという不安を煽られた民衆が誤作動を起こし、正義を持って他民族である市民を襲った。

 

市民が王制から自立し、人間の尊厳を守るために国民主権の国民国家が成立したが、その国家の中に存在する民族主義により、人間の尊厳を守る価値観が多様化し、それぞれの民族の尊厳を守るという主張が、不安の種を拡散させ、民族差別を生み出し、「不安を取り除く為」との喧伝により、市民の正義を持って他の民族を苦しめていく。

この「正義の在りよう」は国家の安全保障という形でいまだに存在する。

 

福島原発事故の翌年、日本は原子力規制委員会を発足させ、「国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的とする」という国家の安全保障を掲げた。

同じ年、国連では「人間の安全保障に関する決議」が採択された。

人間の安全保障は、先進国、途上国を問わず、現在の、そして新たに生まれつつある脅威、すなわち幅広く分野横断的な脅威に対応し、人間一人ひとりの生存、生活、尊厳を守ることをねらいとしている。したがって、人間の安全保障では、「恐怖からの自由」、「欠乏からの自由」、「尊厳を持って生きる自由」という人間の生活にとって基本的な一連の自由の普遍性と相互依存性を重視する。そして、保護と能力強化の枠組みを通じ、紛争の可能性低減、開発に対する障害の克服支援、および、すべての人権推進を図る人間中心型の包括的で文脈に応じた予防志向の措置を促進するものである。

 

平和は、 国際社会において、「国家の安全保障」から「人間の安全保障」中心に舵を切り始めたようにも見える。

より人間個々の尊厳が重視される方向に動き始めたことは喜ぶべきことだ。しかし、地球の生物圏に破壊を伴う大きな危機を作り出したのがその人間であることも忘れてはならないと思う。

 

持続可能な社会を実現するためには、地球からの恩恵の制限下にあることを自覚した豊かさを人間活動において見出す必要がある。

 

 

人間が心に豊かさを感じるのは、「安心」を十分に享受できる時だろう。

恐怖や欠乏から自由であり、誰からも差別されず尊厳を持って生きることができる社会。

即ち、平和であり、独占無く分け合っており、何人からも差別されることが無い社会。

そして忘れてはいけないのは、度を過ぎた欲望や戦争で自然界の摂理以上の生命の危機を動植物に及ぼさぬよう、「生命の安全保障」を意識すること。

そうでなければ、結局は自らの不安を増幅させる地球環境を招いてしまうことになるだろうが、だからということでは無く、地球恩恵の制限下に存在している生命体同士であることの相互依存性を認識するべきだ。

 

以上から、「平和」を「生命の安全保障」という概念に進化させたい。

 

そこで、平和を持続するために、あらゆる産業や行政活動に次のような考えを持ち込めないかと思考している。

 

 

Input (原料、エネルギー)

環境破壊に繋がらない

生物多様性破壊に繋がらない

人権侵害に繋がらない

難民発生に繋がらない

経済格差助長に繋がらない

という資源とエネルギーの使用

 

Output(商品、廃棄物)

環境破壊に繋がらない

生物多様性破壊に繋がらない

人権侵害に繋がらない

難民発生に繋がらない

経済格差助長に繋がらない

という商品と廃棄物の流通

 

Process(製造、流通)

環境破壊に繋がらない

生物多様性破壊に繋がらない

人権侵害に繋がらない

難民発生に繋がらない

経済格差助長に繋がらない

という製造や流通の基準

 

以上を生命の尊厳を守る経済活動の指針とすれば、我々市民は、そのような産物を交換し合うことで安心を得、平和社会実現に進んでいけるのではないか。

 

 

ユーラシア大陸の東の島嶼国の日本は、大陸からの難民と黒潮からの難民が混ざり合って共存するようになり、火山の噴火、地震、台風、津波と天変地異が多い中、だからこそ多様な生態系や水に恵まれ、人々は助け合い、調和してきた。

関係性を見直し、整えれば、心の平和・「安心」が増幅することを知っている地域だと思う。

 

 

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撮影日

2017年8月17日

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年 8月

信頼資本財団 理事長 熊野英介

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