シンライノコトバ

【国家が国民を自由にするのでなく、国民が国家を自由にするのだ!】

デモクラシー(democracy)を民主主義と訳しているが、democracyは民主制とし、多数決を正義にする現代の民主主義・デモクラティズム(democratism)と区別して使用するべきだと考えている。この「民主主義」の下、多数決を行使し、法律さえ守れば正義であるという社会規範が作られてきたからだ。
現世利益の多数決で決められる社会にあって、理想とする未来を作ることは出来ない。


昔、日本ではお寺などで合意形成が必要な時は、「多分の理」とか、「多分の評定」と言って多数決によって賛否を決める事はあったが、単純多数決で評定を決めるのでなく、僅差になるまでの議論が生まれた後でなければ多数決を選ばなかったと言われる。おそらく、当時は多数決が正義でなく、法律よりも大事な社会の価値観があったのだろう。いつの間にか、評定をする習慣がなくなり、戦後、不慣れな「デモクラティズム」と言う手段を用い、父権的権威を脱色し、個人の欲望も多数になれば正義になるという手段を手に入れた時代が始まった。


情報を極端に制限した全体主義国家として悲惨な戦争を経験した国の国民は、情報が公開され、誠実な国民が多数決をもって国民にとって正しい結果を選択する国に生まれ変わったかのように信じてきた。しかし、その結果、多数決と言う手段が目的化して、「根回し」「談合」が暗黙のルールになってしまった。そして、地域や業界という既得権益を守る権威は、合意形成を目的にした行政官と時代を作ってきた。


上手な社会運営とは、既得権益が多数を形成する空気に寄り添うことを指し、それに寄り添わない者は異端になった。この形が社会常識として固定化したのは消費社会が生まれ始めた1975年頃からだと思う。つまり、東京オリンピックが開催された頃に生まれた世代が思春期を迎える頃には、市場が認める価値しか意味が無いという社会になっていった。マーケティング、ブランディング、デザイン、効率という言葉が氾濫していた。


その方向性に疑問を持ち、新しい価値を作ろうとする少数派が、異端として振るい落とされる現実の中で、個性を発揮する事は物にこだわる事になり、消費社会を押し上げていった。常識を疑い新しい価値を思考することはなく、精神的には画一化していった。社会が価値を作るという事に慣れてしまい、個人が価値を作るという本質から遠のいていった。


やがて、消費社会は消耗社会になり、1990年以降は日本型の終身雇用や正規雇用制度が崩壊し、90年度後半に時価会計主義が導入され、多くの人が所属するようになっていた会社そのものが商品化されるに至り、社会が価値を作っているという幻想からの覚醒が始まった。関心や興味の経済から主張や意志の経済が始まった。経済人や政治家が有名になる事で多数派の合意形成に役立つ一億総タレント時代は終焉して来ているように思う。


農業文明が始まれば、その前の狩猟採取時代の釣りや栗拾いが遊びになった。工業文明が始まれば、ガーデニングが遊びになった。そして今、3Dプリンターやオンデマンド印刷やドローンなど工業が遊びになりつつある。この流れは消費社会が限界に至ったバブル経済崩壊後の1990年以降にパーソナルコンピューターが普及し始めた頃から徐々に始まっていた。インターネット社会では、情報の遊び化も始まったのだ。近代社会が作ってきた製造経済や情報経済という産業革命以降の工業文明の中、製造も情報も個人化が始まり、パーソナルインダストリーの時代を迎えている。
即ち、国家や社会が国民や市民という個人を豊かにする時代から、個人が地域や国を豊かにする時代になる兆しが見えてきたと言える。これからは、個人が意志を持って心が豊かになる社会を作る時代を迎える。


人間と自然をコストにしてきた工業文明から、人間と自然が価値を作る資本になる心産業文明の扉を開けて「個人の心が、国家を自由にする!」と言える社会の始まりを感じる。


ph_08


2015年9月
熊野英介

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