シンライノコトバ

【 商人 】

 

古代中国で殷と呼ばれる首都の国を「商」と呼んだ。その国は、多くの部族国家を束ねて司祭を持って君臨したが、暗君が出て民を苦しめたので、周という国が商を滅ぼした。その時、商の祖先を祀るため、生き残った子孫を集め小さな土地を与えた。その土地は不毛の土地でほとんど生産が出来なかった。そのため、移封された人々は、魚が豊漁と聞けば、安く手に入れ魚が欲しいところに持っていき、米が豊作と聞けば、安く手に入れ米が欲しいところに持って行った。そのように、余っているものを足らないところに持っていき交易をした人々を「商の人=商人」と呼び、その生産の方法を商売と呼んだ。

 

人間は、交換する動物と呼ばれる。交換すると言うことは公平な社会の構築に役立つものであり、格差を少なくするものである。本来、交易を中心とした商売は、情報をもたらし、社会の変化に敏感に適応した。
周の商人で白圭(ハクケイ)という者がいた。
商売の時機の変化を観察することが好きで、世人の棄てて顧みないときは自分が買い取り、世人の買いあさる時は自分が売り払った。
白圭はつねづね「わたしが財産を蓄えるのは、ちょうど伊尹・呂尚のはかりごとや、 孫武・呉起の兵法を用い、 商鞅の富国強兵策を実行するようなものである。だから臨機応変に働く知恵がなく、事を決断する勇気がなく、物を取予する仁徳がなく、 守るべきことを守る力のない者には、いかにわたしの術を学ぼうと望んでも、わたしは教えないのである」と言った。後世、天下の産を治めることを云々するものは、みな白圭を祖とした。彼は、巨万の富を治水などの公共投資に使い社会を安定させた。

 

そもそも商人は、変化に対応するために知恵を蓄え、決断する勇気を鍛え、人を束ねる人徳を持ち、社会をより良く変えて行く原動力になる存在である。そのような商人が作り上げる社会を分析して体系化するのが学者であり、そのような社会を築きやすい仕組みを整えるのが政治家であり、その活動を支援するのが行政機構であれば、社会に「信」が蘇り増幅するのだと思う。

 

商人達が政治家や行政機構や学者の下請けになるのでなく、リスクをとって挑戦している者達は、もっとプライド高く、社会の規範となり、既得権益者や既得常識者から避難や攻撃を受けようとも、商売は時代を変える力であると強い心で認識して、真の商人らしく理想を主張して欲しいと思う。そんなアキンド(商人)の切磋琢磨の場がA-KIND塾である。

 

衣食住足りて不幸になった課題先進国の日本で余っているものは「孤独」であり、足りないものは「関係性」だ。孤独を解放するのは、関係性である。その上質な関係性が「信頼」だ。これからは、孤独と関係性の交易の時代だ。

 

時代の変革期は、人が主役になります。商いと言う交換が主役になります。四方良しの商道を確立する時が来ました。
未来の設計者足らんとする商人達よ!共に協力して、未来を開拓しようじゃないか!

 

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2015年8月
熊野英介

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